2008年6月10日火曜日

「障害を許さない」プロジェクトが破綻する理由(5)

■ システム障害はコントロールできない

ストア派の哲学者がかつて言ったそうです。「自分のコントロールできないものは諦めろ。自分がコントロールできる対象に集中しろ」と。

一応権威付けにストア派を持ち出してみましたが、実にまっとうな考えだと思います。

確かヤンキース松井だったと思いますが「不調の時いくらマスコミに叩かれても僕は気にしません。ぜなら僕はマスコミをコントロールできないから。自分がコントロールできること(つまり練習)をひたすらやるだけです」という旨のことをどこかで言っていた気がします。(例によってソースはありません)

まさにストイックな考え方ですね。自分がコントロールできる対象に集中すること。コントロールできないことは対象としない。

ではコントロールできないものとコントロールできるものとの違いはなんでしょうか。何を以って区別したらよいのでしょうか。

判断のセンスが問われるところです。

ヤンキース松井はマスコミをコントロール不能の対象としました。
でもひょっとしたらそう考えない人もいるかもしれません。悪口を言われたら言い返せばいい。論争によって黙らせることもできるかもしれない。裁判に訴えるという手もある。あるいはマスコミの指摘が正しいならばそれを受け入れてもいい。こっちがおとなしくなればそれ以上叩かれない可能性もある。

微妙なところですね。いずれも効果的ではないように見えます。それに挑発に乗らされていらぬ体力を使わせられている感もある。マスコミに迎合するのも美しくない。

マスコミをコントロールできないものとする判断には二つの価値観がキーになっているようです。

一つ目は美学。しょうもないバッシングにいちいち反応するのも迎合するのもカッコ悪い。

もう一つは経済学。マスコミをコントロールしようとして必死になっても、出来ることもその効果も限られているでしょう。それよりもひたすら自分が納得行くまで練習する方が効率的だし、体力の使い方としても有効です。

そろそろ本題に入りましょう。

システム障害がコントロール可能できるか。間違いなくコントロール不能です。コントロール不能という属性がシステム障害という概念に必然的に含まれていると言ってもよいでしょう。テストで意図的に障害を発生させる場合などを除けば、コントロール可能な障害という言葉がほとんど自己矛盾だからです。

システム障害は常に不意にこちらの意志とは無関係に発生するものです。そういう意味では天災に例えてもいいでしょう(世の中には富士山の噴火を止めるために日夜頑張っている人もいるそうですが)。

違和感を持つ人もいるかもしれませんね。システム障害は少なくとも人災であって天災ではない。コントロールできるのではないか。

では具体的に何ができるでしょうか。設計書を読み返す?プロジェクトのメンバーに「障害は許さない」とプレッシャーを掛ける?いずれも無意味です。

人は往々にして「将来をコントロールできる」と考えたくなるものです。そこには人間の本性に備わっている強い欲望がある。あるいは未来に対する不安を何とかしたい、という焦燥が隠されている。その不安に「原因と結果」というスキームを持ち込むとこうなります。

「今」は間違いなく次の瞬間につながっている。つまり、未来の原因は、今である。今が分かれば未来が分かる。

そもそも「原因と結果」というスキームが人間的な尺度に過ぎないことに気がつくべきです。あなたは自分がいつ死ぬのか、分かりますか?自分が死ぬ原因は今の自分に全て含まれている。本当でしょうか。それはただの人間的な解釈に過ぎないのではありませんか?

「原因と結果」は全て事後的な人間にとっての認識の枠組み=解釈に過ぎないのです。生きるために必要な誤謬としての真理。もし運が良ければ、前提が変らなければ因果の法則通りに物事が進むこともあるかもしれません。しかし必ずしも物事はそうはならないことの方が多い。

もう少し穏当な表現を使えば「原因と結果」という枠組みは慎重に適用されなければならないし、その内容ももっと慎重に検証されるべきなのです。あくまで人間が長い進化の過程で培ってきた概念に過ぎない。極めて有効に働くこともあるかもしれませんが、そうでない場合だって多い。
「原因と結果」というスキームは常に事後的であることに常に注意すべきです。未来への不安を覆い隠すために安直に時系列を逆転させてはなりません。

未来は原因と結果という時系列で理解できるよりももっと豊かで、もっと不確実なものなのです。

少し脱線しました。

しかし明らかにシステム障害は好ましくない。ではそれを防ぐために何をしたらよいのか。

答えは明らかです。同じようなことを繰り返しますが「入念にテストをしておくこと」「システムの状態を常に把握できるようにしておくこと」それから別の次元になりますが「システム障害を業務の障害に直結させないように、システム障害を折り込んだ業務を準備しておくこと」。

障害はコントロールできない。そこがプロジェクトの出発点だと私は思います。

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