2012年4月25日水曜日

二日連続で氷川台まで乗り越してしまった orz

乗り入れは便利なんだけど、接続が悪いとかなり待たされるのだ。


今日は小遣い日。福島で成果を上げておられる早野先生に寄付をしたのだ。

 そんな感じ。


そうそう。昨日酔っぱらい乗り越しで氷川台で降りたら上り電車が終わってて、仕方なく捕まえたタクシーの運転手さんとした会話をメモしておこう。といっても、結構朦朧としてたから怪しい記憶だけど。

「乗り過ごしですか」

「そうなんですよ(呑み過ぎたオエー。)」

「乗り越す人多いんですよねー。また氷川台から西武線が遠いんですよ」

「ははあ(呑み過ぎたオエー。以下略)」

(あと何か話してたけど、忘れた)

「そういえばバブルの頃は良かったですよ」

「へえ。そうですか」

「あの頃は、一か月で百万稼いだことありましたよ」

「ほほう」

「今は下手したら三十万ですからねー」

「ははあ」

「あの頃は良かった」

(あと何か話してたけど、忘れた)

ちょうどバブルの後に社会人になって、最初に就職した会社で常務がおっしゃってたのが(尊敬できる人だった)

「ウチはバブルの時に財テクに走らなかった。ちゃんと本業に専念してたから、バブルが終わっても何の影響もなかった」

そうか。と感心した記憶がありますね。堅実こそ正義だったのかと。

 でもまあ、バブルはバブルで、それになりにいい時代だったのかなあとかも思ったのだな。

起業・・・

「サラリーマン生活が嫌になったから起業したい」という動機を否定するつもりはないけれど、そういう現状否定の動機にはいくつか落とし穴があるなーと思う。

1. 今、そこにあるメリットやチャンスが見えなくなる。

→ 今の延長でビジネスできる可能性があるのに「今の延長はイヤだ」と思ってしまう。

2. 見積もりが甘くなる

→ 「とにかく抜け出したい」意志が強くて、先の見通しが甘くなる

3. 独立それ自体が目的となってしまう。

→ 長期的かつ具体的な視野がなくなる。

じゃあ、どういう動機がいいかというと、そりゃ人それぞれでしょうが、少なくとも「何かを否定する」より「何かを肯定する」方がいいんでしょうな。例えば「リスクを取っても、少しでも自由な時間を増やしたい」とかね。

多分、ポジティブな動機であっても、ネガティブな動機と表裏一体だったらダメな気がするなー。

例えば、

「サラリーマン生活にも不満はないけれど、もう少し家族と過ごす時間を長くしたいから独立を検討」

という人ならば、サラリーマン生活のメリットもちゃんと洗いだした上で、 独立のメリットデメリットを冷静に検討できるだろうな。その結果、よりリスクの少ない起業になるだろうし(ひょっとしたら起業をあきらめるかもしれないけれどね)、円満退社の可能性も高い(これもリスク低減要因)。

一方で、

 「サラリーマン生活はもうイヤだ!もう少し家族と過ごす時間を長くしたい!」

などと思いつめちゃうと、考えもなしに、悪い条件で、つまりリスクの高い起業をしかねないってこと。

以上。

朝の更新(4/25)

軽い二日酔いのちコーヒー。

昨日は友人とその友人との起業ミーティング呑みで吠えちゃったなー。

だって、

「収入の目処は立ってない。当てもない。何とかなる思ってる。とにかくサラリーマン生活を辞めたい。ダメだったらまたサラリーマンに戻る」

だもんなー。

「そんなお気楽な態度で、仕事貰えるわけがない!舐めてる!」って。

一応彼の奥さんも働いているとのことで、半年は無収入で何とかなるらしいけど。(友人の友人は独身でマンションのローン完済。スゲー!)

とにかく「5万か10万の現金収入の目処が立ってから独立すべき」と強く正論を言ったらば、「サラリーマンやりながら、5万か10万の現金収入を得るなんて忙しすぎて無理。まずは独立しなきゃ」とこれも正論だけど、どう考えても半年持たないのは明らかだなー。「起業→無収入→アルバイト→オレ、何やってんだろ?→サラリーマン復帰」サイクルが目に見えるよう。


2012年4月24日火曜日

合気道ウン十年高段者オジサンの事例

タイプA:
高段者ったって皆勤賞みたいなもんさ。ただのご褒美だ。上には上がいる。オレなんかまだまだ。

タイプB:
オレはすげーんだ。なんたって合気道歴ウン十年。ウン段なんだからな。オレに合気道を語らせろ。おいこら。お前馬鹿か。いくら教えても下手くそじゃないか。ほらオレの見事な動きを見ろ。

幸いタイプAが多数派です。


どんだけ年とっても成長しない人がいるんだよね。少数派だけどね。
初のブレーカーダウン!アイロン強力すぎ! (電子レンジ+アイロンでプツン)

朝の更新(4/24)

ウォーキングのちコーヒー。

生活クラブ生協の牛乳で割るコーヒーは、しっかり濃いめが美味いのだ。

本日も友人の起業相談。お仲間も参加。

定例化しそうだな。少なくとも一人で月十万の粗利を確保できる目処が立たないと、いきなり失敗するだろうな。できるだけ協力したいと思うのだ。

珍しく忙しい一週間。これはこれで悪くないのだ。

まあ、頑張ろう。うむ。

2012年4月23日月曜日

これからの季節、風呂上がりのビール(第三の)予算をしっかり確保する必要があるのだ。

火照った体にビール。

たまらんわー。

恐るべきリア充

そんなことより聞いて下さいよ。

今日、ボケーっと帰りの電車に乗ってたら、となりに二十台前半の若い男が二人座ったんですよ。

ボケーっとソリティアやってたわたしに聞こえてきた二人の話。

その内容に戦慄したわたくし。

男A(後輩):仕事の後にLECだかTACだか大原だか学校に通ってるらしい(公務員?勤怠がしっかりしてる大企業?)

男B(先輩):ロックバンドのメンバー。仕事帰りにスタジオで練習している。趣味は旅行でいろいろ行ってる模様

二人で見事に当たり障りのないトーク。中堅ブランドのバッグの話やら、旅行の話やら。 どう見てもリア充(※)です。ありがとうございました。

※リア充 ゲームやネットといったバーチャルワールドではなく、リアルワールドが充実している人々

仕事帰りにバンドの練習とか資格の学校に通うとか、絵にかいたような「ヤング」(死語)。トレンディードラマみたいな?(死語)

それだけでも相当ですが、さらに感心したのがいわゆるリア充のコミュ力。

とにかく無難というか、無害というか、当たり障りのない会話を延々としておる。

振る舞い、語らい、どう見ても、二人はナイスガイ。

大したもんだなーと。

わたしが二十代だったら、半日立ち直れないほどのコンプレクスを感じただろうなーと。

年を取るとね。コンプレクスが激減しますからな。ああん?オレにどうしろと?みたいな。

というわけで、そんな図太いオジサン(わたし)が逆に思ったのが、そういうメンノン的、テレビドラマ的、すなわち「広告代理店が仕掛けました」的な価値観で動いてる若者がいるんだなーと。(この辺の論旨、苦しいよなー)

ということは、自らの傾向、好みが弱いか、あるいは仮にそういうものがあったとしても、広告代理店の仕掛けに乗ってしまう程度の人なんだなーと。(この辺りも、苦しいよなー)

要するに「リア充」とは、逆に見れば面白みのない奴なのかも。そんなことを思ってしまったのでした。

もちろん、自らの好み、傾向をアグレッシブに突き詰めた結果、そんな「リア充ライフ」にたどり着いた人もいるかもしれませんがね。

まあ、いろんなアレがありますよ。

ストレートにいわゆる「リア充」な生活を送ることは、ある意味では近道かもしれないけれど、苦労して辿った遠回りの道の方が、生きる上では役に立ったりするんじゃないかなーとか思ったのでした。

うーん。伝わるかなー。難しいなー。

翌日後記)

若かりし自分を重ねるということでもなくて、劣等感にのたうちまわったり、思った通りに動けない自分に憤ったりして若い頃を過ごした方が、人間に厚みがでるような気がするんですが、それもまた傲慢な意見なのかしらん。正しい気もするけれど。

以上。

「実践『財務三表』の見方」

内容はほぼ「粉飾決算の見分け方」と同じで、「見分け方」の方が面白い。

「粉飾決算の見分け方」

面白い本でしたねー。

素人目には全く普通に見える決算書でも、この方が分析すると粉飾があらわになるという。

講義録って感じで読みやすい。

会計の勉強の、楽しい寄り道 だったのでした。

「粉飾決算」岩波ブックレット


会計の勉強の寄り道として読んでみたら、日本の株式会社の構造的問題の分析というか、より広い範囲がテーマでした。

あー。90年代ってこんな雰囲気だったなーと、懐かしく読了。

「重税国家日本の奈落」

おどろおどろしいタイトルは副島隆彦氏の本であります。

税務署にヒドい目にあった副島氏が、財務省官僚をコテンパにけなすページはなかなかスッとしますね。見事なキレ芸と言えましょう。


財務省が「取りやすい所(サラリーマン源泉税、消費税)から取ったる」と虎視眈々と狙ってることは、今の消費税増税の動きを見ても確かです。わたしも消費税アップには反対だ。

でも「じゃあ、他にどこから取ればいいの?」とか「そもそもどうしてこうなったんだっけ?」とか、そっち方面に話が進んでいないのが片手落ちって感じでしょうか。(アメリカの赤字国債購入だけではなかろう)

でもまあ、読み物として面白いのでした。

朝の更新(4/23)

おお。四月も後半か・・・

雨なのでウォーキング中止でコーヒー。

昨日の投稿を眺めてると、

「次子=要領がいい」
「長子=要領が悪い」

という構図があからさまに表れてるなーと思うわたしも長男だったのだ。

まあ、いいや。本日も読書・勉強・仕事を頑張ろう。

2012年4月22日日曜日

今日はカレー。

下の子に手伝ってもらいました。

野菜のカットはすべてお任せ。素晴らしいぞ。
一度包丁で手を切ったので、却って安心。



「この間指切ったろ?気を付けな」

と言っておけば、 安心してビール。

 やっぱビール美味いっすよ。チキショー
一方長女はマンガ雑誌に没頭。

出来上がったカレーは上出来。(黒豆入り)

重曹で胸肉しっとりはホントであった。

ということで、結局のところは充実した一日だったのでした。

以上。
下の子が皿を洗っている姿に感心したので記念アップ。

一方、上の子は何事かブツブツ言いながら「ナルニア国物語」を読んでいたのであった。

今日は鳥肉豆カレー。Webに「塩と重曹に一日つけると、鳥胸肉がしっとり柔らかになる」説があったので実験するのだ。といっても一日はムリで2時間ほどだけどね。どうなるか。

照姫祭り

石神井地区に引っ越してから十数年(最初は石神井台のアパートにいたんだよなー)。

初めて、この地域最大の祭り「照姫祭り」に行ってきました。


既に「照姫祭り」経験済みの子供たちに「お父ちゃんと一緒に行くか?」と聞くと、上の子は「人がいっぱいいて屋台が出てるだけでしょ?行きたくない」下の子は「イヤだ」とのこと。仕方がないのでお一人さまで石神井公園に。

三宝寺側から入って、この辺かな~ときょろきょろすると、ボート池の小島に一行を発見。

あー。いたいた。と満足して帰ったのでありました。<早いな

帰る途中、トイレに行っていたらしい部長クラスの武将とすれ違ったので鎧兜を観察。まったくチャチくなくて、これは大したものだ、と感心しましたね。

というこで、本日を以てわたくしは、照姫祭りの話を振られてもちゃんと会話を成立させることができるようになりました。

Q. 照姫祭りに行ったことはあるか?

A. ある。

Q. 行列を見たか?

A. 見た。 (休憩中だったのは内緒だ)

Q. どのようであったか?

A. 意外と精巧な衣装で、大変立派なものであった。

手作り感あふれる感じで(石神井公園のイベントって皆そうだ)、なかなか居心地がよさそうな祭りだったのでした。

以上。
照姫祭りの行進は一度見ないとなあ。

と思いつつ午前中は合気道で終了。

午後をどうするか問われているのだ。

朝の更新(4/22)

昨夜は21:00頃に寝落ち起床して歯のメンテナンスのちコーヒー。

Blogger投稿画面の仕様が変わって試行錯誤中。

これまでにみたいに画像の下にテキストを書けないんだよねー。画像の左やら右にテキストが挿入されて気持ち悪い。

「画像に適宜コメント」スタイルの投稿ならば、これでいいのかもしれないけれど、ダラダラ適当に書いてる当方のブログには合わないなー。

何とかならないかとHTMLのソースを見ると、イメージの以下のスタイル指定が怪しい気がする。

style="clear: right; float: right; margin-bottom: 1em; margin-left: 1em;"

ということで下線部を削除してみたら意図通り配置できたのです。



HTMLの指定が忠実に反映されるようになったかな。でも<p></p>タグはサクッと削除されるとかクセはあるなー。

でもまあ、画像の横にテキストがあるのも悪くないかなー。

いろいろやってみるか。

2012年4月21日土曜日

多摩六都科学館のち一杯。

久しぶりのビールであります。税制が歪んでおるから、発泡酒やら「その他雑酒」やらリ「キュール(発泡性)」とか、ワケの分らんもんを呑む羽目になるんじゃ(怒)

財務省の無能なキャリア官僚どもが、一般庶民からまっとうなビールを楽しむ権利を事実上はく奪しているのだ。ワリと腹が立つ。(350缶の酒税は約78円)

一方で安くて美味い酒を供しようと発泡酒だとか第三のビールを研究開発する民間企業はさすがだと思うなあ。

まあ、いいや。

やっぱしビールは美味いのです。

そして、ちょいと奢ってステーキ。

宮城県産黒毛和牛(放射能チェック済み)、320gで1,680円は高いか安いか。

スーパー畜産部門でのお買い物としては高いね。

でも、 外食したと思えば安い。いや、外食持ちだすまでもなく、スーパーで油断したら使っちゃう値段だもんね。許容範囲でしょ?節約だけが人生か? < 罪悪感を消そうとしている。

まあ、いいや。美味しく頂こうと思います。

以上。(ビール+ウィスキー3ショット済)

サンデルサンデル!

マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」についてブツブツ。

乱暴にまとめてしまうと「『何千人もの従業員の首を切って、自分は数百億円の報酬を貰うようなことは倫理的に許されない』ということを理詰めで考えてる本」ということになるかなー。サンデル氏の思考プロセスは「これでもか!」ってくらい徹底的。西欧人の論理思考のしつこさには毎度感心させられます。

内容は自体は日本人にとっては「当たり前じゃない?」って感じですかね。

でも、アメリカではその「当たり前のこと」を徹底的に議論しなきゃいかん。

なぜかっていうと「優秀なプロ経営者のオレが数百億円の報酬を得て何が悪いんですか?年収数万ドルの奴は無能だからでしょ(ワラ」と本気で思ってる人がウォール街やらにゴロゴロいるわけね。1%の人間が、アメリカの資産の1/3だか1/2だかを所有して、メチャクチャ強い発言力を持っているそんな国。

だから、理詰めで「おかしいんちゃう?」ってことを言わなきゃいけない。

日本だったら「世間体が・・・」とか「出る杭」的な暗黙のプレッシャーがあって、アメリカほどの格差はまだ生まれてない。多少息苦しくても日本の方がまだまだマシだなーと思いますね。

若い人なんかは「そういう日本の暗黙のプレッシャーがイヤなんだよ」とか思うかもしれないけれど、それは危険な考えだよと。

利用されてるだけというか、搾取されてるだけというか、自分の墓を一生懸命掘ってるに等しい。若いからそれに気がつかないのだよ。などというと「オマエ何様だよ。ウゼー」とか思われるんだろうけどね。でもまあ、言わざるを得ないのだ。

ブツブツ。