2009年9月26日土曜日

大失敗(熱一度アップ)

昼に熱を計ったら36度8分。体も楽だったし、これは治ったかと思ったんですよね。

ルンルンという感じで久しぶりの風呂を堪能します。まず発泡スチロールに45度の足湯(多分実質43度程度)を張って足を浸します。うん。いい気持ち。それから体と頭を洗ってさっぱりしました。足湯のお陰で体が冷えることもなく、いい気持ちでシャワーを済ませます。それから昼食の検討に着手。体も楽になったし、しっかり食べたいな。 多少ジャンク系でもいいか。

というわけでスーパーに行って唐揚げとポテサラとナポリタン、それからインスタントの豚汁を購入。学生街の定食をイメージした組み合わせです。

結果、一口食べては、むむぅ・・・二口食べては、うぅ・・・という感じ。脂っこい。香りがない。ポテサラなぞじゃがとマヨでどうしてこんな味のない料理が作れるのか、と不思議なほど。どうやら惣菜系が外れのスーパーだったようです。

まあそれでも楽しく独りメシ。うう。不味い。ヒドいと思いながら無事平らげました。

その後念のため体温を計ってみると37度。微妙だなあ。体は比較的楽だけど、熱はある。どうしようか。アンパイなのはもちろん家で安静にすること。でももう飽きたし。さっき摂取したカロリーが高過ぎて、体が運動を求めてる気がする。

しばらく迷ってから、ええい。ままよ。とユニクロに出かけてしまいました。去年評判になって品薄になったヒートテックを求めて。

熱でフラフラしながらもチンタラ自転車を漕いでユニクロに到着。ヒートテックを一万円分購入してきました。帰りがシンドくてこりゃしまった、と後悔。

家で熱を計ると再び38度まで上がってましたとさ。覆水盆に帰らず。もう少し慎重になっとけば良かった。やれやれ。

2009年9月25日金曜日

iPodを買って変わったこと

まず本を読まなくなりましたね。iPodに費やす時間が相対的に増えたわけですから、当たり前といえば当たり前。しかしiPodで情報収集にいそしんでいると、どうも軽い情報や浅い情報ばかり集まるようになってしまいます。うん。これはよろしくない気がする。

紙媒体だからネットの情報より深くて有益かといえば必ずしもそうじゃありませんけどね。昨今のベストセラーのほとんどは、極一部の例外を除いて読む価値なしと思ってます。やはり古典です。30年以上生き残っている本を定期的に読まないと、Webから得られる情報だけでは胸焼けしてしまいそう。

ネットには存在しない、あるいは存在しても不十分なコンテンツは多い。もう少しいうと、ネットで盛り上がってはいるものの、優れた紙コンテンツを二、三冊読めば十分という場合もある(ビジネスニュースにある自己啓発系記事をたくさん読むより、ドラッカーを二、三冊読みこんだ方が結局早いとかね)。ネットの情報は、大抵表面的で、ほんの入り口に過ぎないことが多いですね。もちろん、とても良い入り口や、浅いけどぎょっとするような情報もあり、役に立つことも多いですが。というか、良い情報がなきゃ見ませんがね。

後ウェブの傾向として人文科学系の情報が手薄だ、ということがあります。理系エリアの細か〜いレベルでの論客はたまにいますけど。経済となると怪しいし(別格:山形浩生)、哲学文学宗教エリアだとかなりヤバい印象があります。というか近付きたくない、みたいな。

えーと、だんだんお前はどーなんだというツッコミが聞こえて来そうなのでいい加減にします。

何が言いたいかというと、本を通して得られる情報ってのは、ウェブで得られものとは違うべきだ、ということが言いたかった。

本にはどのような情報が載っているべきか。それは読む人の情報処理能力と精度を高めるような、思考能力の地力を強くするような、そんな情報が載っているべきと考えます。

具体的にはどういうものか。

まず始めに強く主張しておきたいのは、安っぽいコンサル的な(つまりあらゆるコンサル的な)小手先の方法論では絶対にありません。

それから知を軽々しく抽象して軽やかに記号を弄ぶような、青臭い秀才的方法論でもない。

そうではなく、妙な例えですが、何が体が裏返るような、理解した途端に人生観が変わるような、そんな本が必要だと思います。

最近手っ取り早いのは脳みそがどうしたこうした、という類いの本です。あれはお手軽です。最近は目も当てられないのばかりですけどね。

私の考える正攻法かついかにもな本というのは、大昔の別の国の思想家の本です。まず何を言ってるのか分からない。ぜんぜん理解できない。でも、それを何とか読んでいくと、いつか分かったという時が来る。遠い昔の遠い異国の人の気持ちが分かればシメタものです。現代のいろんな変てこな主張も理解できるようになる。変てこだと思っていたら、別の角度からみたら分からんでもない、ということも増えて来る。世界の見方がどんどん変わってくる。

こういう本との出会いがないと、古典の存在意義、いや、本の存在意義がないと思います。ベストセラーなんかどうでもいいんです。なんでこんな時代遅れの本を読むの?意味が分からないんだけど。10年経てば逆転します。何であんな下らないの読んでたんだろう。ウェブの情報またしかり。

果たしてそれは10年生き残る知識だろうか?そう問うてみるのも有益だと思います。

さて、本でも読むか。

八ッ場ダムGOGO

いいですね。現地の方の抵抗。民主党はこれを機に、理念主導、結果小手先の施策は上手く行かないことをしっかり学びましょう。

地元の人も、相当悩んだ挙げ句に、腹を括って土地を明け渡したそうですね。説得工作の裏にはキナ臭い話もあったかもしれないし、利権もあったかもしれない。しかし、地元の人は最終的にはお国のため、とダムを受け入れた。

それが民主党政権になった途端、ムダだから中止します。そりゃ誰だって怒りますよ。

数字を積み上げると、確かにムダかもしれない。でも、住民の皆さんは既にダムありきで生活していたし、未来を設計していたわけです。しかも、これまでの国の主張は180度変わった。ちょっとこれは冗談じゃない。さらに、八ッ場ダムの現場で話を聞いた議員は一人もいなかったとのこと。100%机上で決定したわけです。数字の得意なお利口さんの発想です。現場の反発は当たり前。

こういうのをみると、自民党+官僚政治がいかにタフで、ドブ板根回しを恐れず、したたかにたちまわったかが見えます。理念主導じゃダメですよ。特に社民党はちょっとねぇ。ちょっとどころじゃないか。

民主党へのお願い。長期政権を目指すなら、理念は理念でいいけれど、現場レベルではしたたかに、現実路線で進めて頂きたいです。ドブ板根回しカモン。

2009年9月24日木曜日

やっぱり健康が一番

熱が出て二日ばかり寝込みました。流行りのインフルエンザではなく、熱の高さもMAX 38.0度と病(やまい)としては軽め。しかし十分不健康の辛さを堪能することが出来ました。並行して喉を痛めていたというのもありますし、歳を取ったというのもあると思います。ずっしりと体に応えた二日間でした。

まず喉の痛み。なぜ喉が痛いか。アレルギーだか花粉症だか分かりませんが、秋になってからやたら鼻が垂れていたのです。夜寝る時も鼻が垂れる。でも眠らなきゃいけないので始終鼻をかむ訳には行かない。となると鼻が詰まった状態で眠らざるを得ない。すると当然口で息をしながら眠ることになる。
一方で秋の空気は乾燥している。つまり喉が乾燥する。喉が荒れる。と、このようになるわけです。

まあ喉の痛みだけならまだ何とかなります。せいぜい咳と喉の痛みで寝不足になる程度。でもここに発熱が加わると辛さが三倍増しになります。咳をするだけで結構体力は奪われますし、寝不足がそれに拍車をかける。そこに発熱による体力の消耗。かなりしんどかったです。

これまで「病気で死ぬ」ということが実感として分かっていませんでした。でも、今回の軽い発熱+咳で初めて病死という言葉が理解出来たような気がしました。具体的には、熱っぽい体で咳き込みながら、あ、このまま二、三ステップ進むと逝ってしまうわけだな。と実感したのです。別に死ぬほど苦しかったわけではありません。軽く苦しい。その程度です。でもその軽い苦しみに耐えていると、死が自分の身近にあるということが、ありありと感じられたのです。

この感覚は初めてのものでした。やはり歳を取って死に一歩近づいた、ということなのかしらん。そんなことを思いました。

死に近づく。人によってはこれほどイヤな響きはないかもしれません。でも、それも悪くないかもしれないな、そんな気がします。だって、死に近づいて初めて生きられることもありますからね。気がつくのは早い方がいいです。

2009年9月23日水曜日

亀井大臣モラトリアム法案はアリじゃないか

亀井大臣が中小企業の借金の返済を遅らせる法案を検討していて、有識者やら業界から批判されている件。

アリじゃないですかね。こういう素人臭い発想っていいと思います。

専門家がギャーギャー言ってることの方が怪しいと思ってしまうな。

私はシステムの構築とか運用とかやってるわけですが、お客さんの素人チックな発想に仰天することは多いです。でも、やってみたら大抵何とかなる。ならなくても運用やら我慢で何とかしちゃう。そんなに酷いことにはならないと思うな。最悪でも、多少現場の効率が下がるくらい?とっぴなアイデアでもやってみる価値はある。

素人があまり細かいレベルに口を出すとダメですけどね。スローガンレベルなら後でいかようにでも骨抜きできるのでは?

個人情報保護法という天下の悪法ですら何とかなったのですから、モラトリアムくらい大丈夫ですよ。うん。

日本の銀行の株価が下がって金余りアメリカン企業に買収されないかどうか、そこだけは心配ですけど。

産経新聞・・・

産経新聞って頭の固い親父って感じですね。もっともな記事もあるけれど、苦笑するような記事も結構多い。

最近の記事で二点ばかりメモ。

将棋の名人だかなんだかが、自民党の次の一手を考えた記事。小泉Jrを自民総裁にしたら支持率が上がるよ。イケメンだし、選挙で成長したらしいから。という旨の主張。

やれやれ。あなた日本の将来を考えないでしょ。下手なマーケティングの発想で決めてもらったら困りますよ。

イケメンなのは認めるけど、二世三世ってのは限度があるの。一定レベルまでは地位や周りが育てるけど、それ以上の成長は二世じゃ厳しいの。今の自民党の重鎮見てれば分かるでしょうが。

安酒場でクダをまく無責任なおじさんの発想としか言いようがない。

曽野綾子さんのどこかの市長がガムを噛みながら答弁したことについて、受けた教育がなっとらんのではないか、と述べた記事。

この人は確かゆとり教育の推進者。二次方程式の解の公式など生きるうえでは何の役にも立たないとか、中学生レベルの発言を平気でした人。

そりゃあ見栄えのいいもんじゃありませんがね。大上段からお前の育ちが悪いみたいな決めつけってどうかと思うよ。あんたの発想の方がみっともない。

ガムには集中力を高める力があるというし、市長さんの喉が痛かったという話もある。ガムを噛んでたからといって鬼の首でもとったかのように近頃の若者は、と愚痴を始めるのは老化現象に過ぎないんじゃないかしら。

とまあ、上に挙げたのは一例でして、基本的に産経新聞は偉そうなおやじおばはんどもの言いたい放題の場になっているようです。

あ、一応産経さんを誉めるとすると、軍事力の均衡によって平和が保たれることもある、そういう意見は真っ当だと思いますね。友愛だけじゃダメじゃないかなあ。日本駐留のアメリカ軍を削減するなら、日本でも徴兵制度がいるんじゃないかしらん。まあ、戦争になるようなことはないと思いますけどね。

以上。

風邪ひいてしまいました

小さい方にうつされた模様です。先日チビが9度越えの熱を出したときは、すわインフルエンザか。しかも連休の始めなのに。と焦ったのですが、翌日の昼には平熱に戻ってまして、お医者さんからもインフルエンザではないですね、との診断。

安心したのもつかの間、今度は私が発熱。必ずしも体調良くなかったんですね。体温は7度5分程度。素人診断はダメなんですが、まあ状況からみてインフルエンザじゃなかろう、と勝手に判断してます。大して苦しくないし。

今回のシルバーウイークは幸い貧乏ウイークでして、最初から最後まで予定が入ってません。こうなったらもう遠慮なく休んでやれとばかりに朝からゴロゴロしてます。

しかし子供はハイテンションです。グッタリしてようが寝てようが父親が家にいるだけで嬉しい様子。お父さんお父さん!ってね。

いつまで続くのやら。今を大事にしないと。

2009年9月22日火曜日

多摩六都科学館に行ってきました


シルバーウィークは予定ナシ。すべて近場で済ませるつもりです。
というわけで多摩六都科学館に行ってきました。結構空いてましたね。人ごみの苦手な私は快適です。


休憩室から何とかドームを臨む。
ここでお弁当を食べました。


常設展示の張りぼてスペースシャトル。大きさが分かります。


張りぼて宇宙飛行士。
スペースシャトルもダメになっちゃいましたねえ。どこかでロシアの宇宙船の方が質実剛健で信頼性が高い、という話を聞いた記憶があります。


西沢田無タワーを足元から謹写。


それからドーム型スクリーンでナットのスペースアドベンチャーを見ました。このスクリーンがスゴかった。コワいほどの迫力でしたよ。

映画自体はハエが舞いウジが踊るというかなりアメリカンテイストなSF。まあまあ面白かった。妻は前に恐竜系の映画を見たそうですが、それもまたスゴい迫力だったそうです。
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ドラえもん

先日の金曜、早めに家に帰ることが出来たので、声優さんが変わったあとのドラえもんを子供と見ました。

いやあ、違和感ありありでしたね。声というよりもむしろキャラクターが違う。なんか皆いい奴になっちゃった。それからストーリーも教訓臭いというかお涙頂戴系になってるし。昔はドタバタギャグ漫画だったのに。

のび太とドラえもんの友情も、昔は緊張感のある男の友情だったのが、今は何だか馴れ合いっぽい。どうも全体にソフトになってます。

これもまた時代の流れでしょうか。寂しいような仕方のないような。

Bloggerのレイアウト変えてみました

いまいち地味というか、ユーザー間での盛り上がりが欠けるように思えますね。Bloggerって。海外ではあのリーナス・トーバルスさんかも使っているわけで、そんなにマイナーな選択肢ではないはず。というか、いわゆるブログの草分け、元祖ではなかったかしらん。にもかかわらずいまいちな日本のBlogger。いや盛り上がってないのお前のとこだけだし。それは言わないお約束。

とまあそんなことはさておいて、例によってかなりどうでもいい書き込みなわけですが、ブログのレイアウトを変えてみました、というご報告です。

以前は目一杯横に広がったレイアウトを採用していたのですが、それは何故かといいますと、当初はこのブログは、システム開発に関係する技術的、あるいはプロジェクトのマネジメントに関係するメモを中心に記載する予定だったからなのです。

つまりpreタグなんかを使ってコーディングのサンプルを投稿したかったのですね。で、preタグってのはレイアウトを無視して横に広がりたがるやっかいな奴でして、画面からはみ出したり、あるいは他のエレメントの下に隠れたり、というみっともないことが起こりうる。だから、横に何もないようなシンプルなレイアウトを採用したわけです。

しかしまあ最近すっかりコードを載せるなんてこともなくなり、iPodの小さい画面からから見ることも増えて来たので、思い切って違うレイアウトにしてみました。
すみません。それだけです。

2009年9月21日月曜日

X-MEN2を見ました

昨日テレビで放映された、X-MEN2という映画を見ました。人物描写は漫画チックかつステレオタイプなものではあったものの、ストーリーはしっかりしており、映像もバトルシーンも迫力があって、十分楽しめるものでした。

この映画、その名の通りX-MENというアメコミ(アメリカンコミック)がベースになってまして、その世界観の大筋のところは以下のようになります。

まず世の中にミュータントたちがいて、様々なカッコいい特殊能力を持っています。例えば目からビームが出るとか、手から爪が出て、かつなかなか死なないとか、天候を自由に操れるとか。

そしてミュータントたちはその特殊性により、人々から差別されたり迫害されたりします。

そういったミュータントを巡って、4種類のスタンスを取るミュータントとノーマルな人々がいます。

まず迫害されているにもかかわらず人類との共存を目指すミュータント。逆に人類の排斥を目指すミュータント。あとはミュータントを毛嫌いする人々とその他大勢。

そして主にミュータント同士のバトルやら人間に対する葛藤が見所である、といったストーリーです。

これだけ聞くと違和感ありありなわけですが、実際このストーリーって日本で生まれても育たなかったと思われますね。何故と聞かれて明確には答えられませんけど。強いて言えば、設定の唐突さと登場人物たちの屈折具合でしょうか。

ひるがえってこの漫画が何故アメリカで受けているのか。そこはなんとなく理解できるような気がしないでもない。

どういうことかというと、登場人物であるところのの一部の凄いミュータントたちというのは、例えばオバマさんとかライスさんとか、ビル・ゲイツさんとかスティーブ・ジョブズさんとか、その辺りに重なるわけですよ。つまりアメリカにはなんだか凄い特殊な人たちがいる。ということで、アメリカンにはミュータントがたくさんいらっしゃるという設定も、さほど違和感がないのではなかろうか。

それから、アメリカン流の極めて強力な個人主義というのも、特殊能力を持つミュータントが存在するという発想を後押しするんじゃなかろうかとおもいます。これはお馴染みオンリー・ワンというやつですね。個人という存在が際立った挙げ句、その特殊性に多くの重きが置かれてしまう。オレは違うぜ!ってやつです。そしてその必然的な結果として、一味違うオレの悲哀やら葛藤やらがあり、中二病のアメリカンにとっては感情移入し易い作品になっているのではないか、と。

しかしオンリー・ワンにはなりえても、なかなかベスト・ワンにはなれない。そう考えると、X-MENの設定も面白うてやがて悲しきというか、アメリカンたちの屈折を感じるようで興味深い、そんな気がしないでもありません。

2009年9月20日日曜日

長寿の秘訣

だいたいこの年寄りがテレビやらラジオやらに出てくると、まずは年齢を聞いて「いやあお若い」などと驚いてから「長寿の秘訣は?」とアナウンサーがインタビューすると、年寄りの方は腹八分とか、適度な運動とか適度な飲酒とか、そういったような事がらを挙げて、アナウンサーがほっほっほなどと意味もなく笑う、そんなやりとりがわりと典型的にあるわけです。

そういったステレオタイプな会話を聞きつつ、まあ確かにもっともなことであるなあ。せっかくだから長生きしたいたいし、私も長寿の秘訣に励まなければ。と日頃思っていたのですが、ふと気がついてしまいました。長寿の秘訣っつうのもまた原因と結果の履き違えではないか。つまり、長生きした人がたまたま小食だった、あるいは小食で何とかなるライフスタイルだった。そういうことではないだろうか、と。

原因と結果というフレームワークは、まずヒュームが否定して、カントが何とか限定付きで肯定し返したところを、再びニーチェが完膚なきまでに否定し、その後フッサールが何故かシレッと肯定している一方、養老孟司が浅はかな人間的思い込みであると決め付ける、といった感じの、哲学的にはわりとホットな概念です。

で、私はといえば、だいたいニーチェとカントの中間あたりで考えてまして、原因も結果もないんだ、んなものは人間的尺度に過ぎないんだ、という感じで考えています。原因なんてのは人間の浅知恵に過ぎない。過去を振り返って、便宜的に原因を措定してるだけなんだ、と。

長寿の秘訣っつうのも実は同様じゃないのか。腹八分だとか程よく酒を嗜むというのは、原因というよりも、むしろその人のライフスタイルや生きざまの結果ではないか。だってたらふく食べる/呑むことが楽しくてしょうがない人がいるはずで、そんな人が多少長生きしたいからといって、小食や酒の節制に励むわけがない。(この辺ロジック大丈夫かな)

要するに、小食が長寿の秘訣だと仰る100歳オーバーの方がいっぱいいる一方、たらふく食べ呑んで100歳を越えたという人を余り聞かない。とすれば、基本的に鯨飲馬食系の人は長生きができない。そう捉えた方がポジティブな気がします。つまり、ライフスタイルが、体質が違うのです。

別に自暴自棄になるとか、そういうことではありません。一病息災という言葉もある。自分の体質なりライフスタイルなり嗜好なりに欠点があると分かれば、それを前提として自分なりの長寿の法則を考えればよいと思うのです。

どうせ無理したって長続きするわけがない。だから酒飲みは酒飲みなりに、大食いは大食いなりに注意して、そこそこ長生きできればそれでいいんじゃないか。そういう感じで気軽に、でも注意しながら健康を指向したらよろしいんじゃなかろうか。そんなことを思いました。

2009年9月19日土曜日

昼)野菜炒め、夕)ポテサラ、麻婆茄子

定食屋の野菜炒めが食べたい。そう思ってちょっと調べてみました。野菜炒めって難しいんですよね。

うむ。これ正しそうな気がする。

やはり野菜炒めは野菜から汁が出て、野菜がクタクタッとしたら最後。もう炒め煮というか半煮物になっちゃうんですよね。

まず問題になるのは野菜を洗ったあとの水切り。春や夏に、しっかり水の切れた野菜を室温に戻して使えば理想的なのですが、それでも強火で一気に仕上げるってのがまた難しい。キャベツとかにんじんとか固めの野菜を先に炒めて調味料入れたあたりで既に汁ってたり。それでも強火で炒めてると今度は先に入れた野菜が焦げたり。

だから上記リンクにあるように、モヤシ、ニラ以外はあらかじめ湯通しする、というのは結構納得が行きました。

 
オイスターソースと隠し味にナンプラー。ピーマン、にんじん、キャベツを湯通し。肉は迷って湯通しはよしておきました。そんなに水が出る材料じゃないから強火で炒めてしまえ、と。

というわけで一気呵成に完成。うん。成功。定食屋の味です。味噌汁とご飯が恋しい。子供たちの分はインスタント塩ラーメンに乗せて食べさせました。

 
夜はポテサラと茄子関係。焼き茄子と麻婆茄子とできれば味噌汁も造ろう。と思ったんですけど、そんなに食べられるはずがない、と途中で悟ってしまいました。

 
焼き茄子は中止。出汁もせっかく取ったんですが、冷やして冷蔵庫直行。明日何かに使う予定です。

以上。明日は子守だ。
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2009年9月17日木曜日

アメリカ医療改革2

アメリカが強くあるためには民間の自由な競争が大前提であり、従って健康保険制度を国が提供するのはアメリカのためにならない。かの地にはそう考える人がいるらしい、だとすれば大変厳しい社会であるなあ、というのが前回の要約です。今回はその続き。

しかし、個人間の自由で公平な競争を是とし、国による介入を嫌うのは一つの見識ではあります。裏を返せばアメリカは個人の力量でいくらでも上に上がれる社会であるということになりますし、それを許容する懐の深い社会ということにもなります。

実際、アメリカが実力本意の競争社会であることははたから見てもよく分かります。例えばあちらには世襲議員がほとんどいない。地盤看板カバンではなく、実力で議員になる人が多いのでしょう。実際オバマさんやらライスさんなど性別人種関係なく、優秀な人材が活躍しているのをみると、アメリカ大したものだよ、とも思える。

振り返ってわが日本はどうかといえば、何となく鬱屈とした閉塞感が消えない、家柄肩書き優先社会。人間そんなに違うもんじゃなし、誰がやっても同じだろう、ならば肩書き血筋がいいのを立てて置けばまず安心じゃないか。政治家を見ればウン代目のおぼっちゃまおじょうちゃまばかり。芸能界しかり。いわんや伝統芸能の世界をおいてをや。実力なぞどこへ行ったやら。見栄えと血統が良くて、変なことしなきゃ何だっていんだよ。あとは優秀な官僚たちが上手くやってくれる。日本の政治がパッとしないのもむべなるかな。

それでも日本がそこそこ上手くやれるのは、多分二つの理由があると思われます。一つ目が、実際のところ際立って優秀な人がいたとしても、その人一人だけだけでは大したことはできないという事実。その人を支持する人がどれだけ優秀か、そんな優秀な人材をどれだけ集められるか。人の成功はそこにかかっている。日本の官僚は世界一有能だと褒めたのは確かドラッカー(?うろ覚え)。そんな時代もあったのね。

後は草の根の日本人が真面目で器用で優秀だから。だから上がダメでも結構イケてしまう。

でも最近はその仕組みが機能しなくなってきてる。またそれが身分と格差の固定化を産み、日本が停滞する一因になってる。

じゃあ、いっちょ日本も自由経済の実力主義で若手に頑張ってもらおうかとしたのが小泉竹中。でもホリエモンやら昨今のアメリカを見ていると、私は実力主義は日本にはそぐわないんじゃないかと思うばかりです。だいたい人を実力で評価する土壌がないんじゃないかしらん。

若い人ならば、オレもホリエモンに負けないぜ、レッツ競争社会!と思うかもしれません。でもオジサンには若い人たちがひたすら搾取されそうな気がしてならない。まあこの辺りは好みの問題かもしれませんがね。やっぱり私は一部のお金持ちがめちゃくちゃ稼ぐ一方で貧困に慣れさせられる子供たちがいるってのはおかしいと思うな。キレイごとかもしれないけれど。

無理矢理結論に持って行きますが、要するに競争と助け合いって両立すると思うのですよ。公平な競争と、富の配分は矛盾しない。それを対立させているのは実は何か余計なイデオロギーだという気がしてならない。アメリカの医療革命騒動をみて、そんなことを考えました。
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アメリカ医療改革の不思議

アメリカには日本のような公的な健康保険制度がなく、民間の会社がその役割を担っているということ。そして企業の福利厚生として健康保険が提供されるケースが多く、その場合は失業すると自動的に無保険になること。そしてアメリカには無保険者がウン?万人いること。改めてその事実を確認すると驚いてしまいます。

私の感覚(恐らくは日本の中産階級の平均的な感覚)では、何はともあれ保険証というか、保険証がないとエライことになる。とにかく写しでいから持っとけレベルの大事なモノなわけで、保険証がないという状況は殆ど想像できない。というわけでオバマさんの仕事も順調に行くんじゃなかろうか、だって健康保険証があるのが当たり前と思っていたらとんでもないんですね。

時折耳に目にするニュースによると医療改革に反対する激しいデモが起こったり、オバマさんもかなり苦労している様子。

一体これはどういうことだろう。そりゃあ脳天気に日本人の感覚を持ち込んでるわけで驚くのも当たり前。いや、そうかも知れませんが、それにしてもなお。だって保険証がなくっちゃ医者になんか掛かれませんよ。一体誰がどんな理由で反対しているのか。

まず思いつくのは既存の業界の反発です。そりゃあ国が安価な健康保険を運営し始めたらたまったものじゃないと思います。

しかしそれだけじゃ大きなデモは説明できない。もう一つ考えれるのは、健康保険なんかさほど嬉しくないとアメリカの皆さんが考えている可能性です。これは分からないでもない。日本人であれば、健康保険の大切さはもう小学生の頃から刷り込まれているわけですが、じゃあ健康保険が無かったらどうなるのか想像してみると、そこそこ健康な独身者であれば、払う保険料と補助される医療費を差し引きすると赤字になるのではないでしょうか。とすると、健康保険に入らないというリスクを取る代わりに金を貯めるというオプションだってあり得る訳です。

いや。しかしこれもまた激しい反対デモが行なわれる理由にはならない気がする。イヤなら加入するな、という話ならば。

でいろいろ記事を読んでみると、どうやらアメリカの皆さんは健康保険制度に社会主義的な匂いを嗅ぎ取ってるらしい。だから一部の人が強力に反対してるらしい。そんな状況が見て取れました。

国が税金を使って安価なサービスを行うとか、税金を使って弱者に補助を行うとか、そういう構造に強いアレルギーがありそうです。まあ、アメリカ人と突っ込んで会話する機会なぞありませんから、新聞経由の推測に過ぎないですけど。

その想定が正しいとすれば、アメリカというのは実にしんどい国だなあ、と思えます。弱肉強食が当たり前。資本主義万歳。競争原理と自由と自己責任が深く根付いているのでしょう。個人主義ここに極まれり。

一方で寄付とかボランティアの精神が根付いているのが不思議です。これは政府を信用しない代わりに自分で、民間で出来ることをしよう、という表れかもしれません。

いずれにせよ、これもまたしんどい発想だな、と思います。まあ人の好きずきかも知れませんけど。

この医療改革騒ぎから見えてくるのは自信と能力と運に恵まれた人間が大成功する一方で、競争に負けた人は不安定だったり質が低かったりする生活を送らざるを得ない厳しい社会を、積極的に肯定する人たちの存在です。

ちょっと長くなりそうなので、一旦終了。


カレー、こんにゃく炒め煮、サンマのオーブン焼き


まずはカレー。野菜ジュースがポイント。これを入れるだけでずいぶんコクが違います。


じゃがいもは別茹で。

 
野菜ジュースでにんじんたまねぎを煮ます。やわらかくなったら豚薄切り肉とピーマンも投入。

 
平行して余ってたこんにゃくで炒り煮作成。これをつまみに一杯やりながら料理。


火の通ったじゃがいもはいったん引き上げておきます。

サンマのオーブン焼き。検索しても何かピンと来ないレシピが多かったです。

まず3枚におろすレシピが多い。いや、サンマはワタを食べないとアカンでしょうが。それからオリーブオイルをかけるレシピ。十分脂乗ってるし。

いろいろ調べて自己流で行くことに決定。

 
生サンマにハーブだのカレー粉だの塩だのを擦り付けて、オーブンを20分くらい余熱。

250度で13分焼き上げるだけ。それはそれは美味しいサンマのオーブン焼きの完成。後片付けも楽。

 

カレーはS&Bのゴールデンカレーでアンパイウマー。
オーブン焼き。塩焼きの香ばしさはないものの、ジューシーさはこちらに軍配?生臭さはまるでなし。はらわたも美味しい。もちろん皮も美味しかった。

以上。
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2009年9月15日火曜日

ネット右翼とか

衆議院選挙のときにWebを巡回していると、とにかく目についたのはアンチ民主党と麻生擁護の書き込みでした。民主党の政策の不備をついたり、アジア寄りの方針をバカにしたり、あるいは麻生の業績を強調したり。短絡的であさはかな書き込みだけでなく、中にはしっかり考えられた指摘もありまして、そういった書き込みは多分自民党の工作員なのでしょうが、とにかく保守的な意見が非常に目につきました。それを見ていた私には、マスコミの報道通りに民主が圧勝するとも思えず、意外と民主は伸びないんじゃないか。少なくとも300議席を越えることはないだろう。と予測していました。しかし、蓋を開けてみればマスコミの予想通り民主の圧勝。意外に思うと同時に、ネットで声の大きい意見ってのもこんなもんなんだな、という感慨を持ちました。

つまりネットの右翼的な盛り上がりは実は一部のユーザに限られているんだけど、現れとしては大きく見えてしまう。言い換えるとネット上の意見の広がりが必ずしも実際のユーザ数の広がりには結びつかない、ということです。一部のユーザが共鳴し増幅しているだけの可能性が高い。

もちろん、そのような一部のユーザの共鳴が、他のユーザを巻き込んで行く可能性もある。しかしネット右翼(保守?)の主張にはそれほどのパワーはなかったということでしょう。むべなるかな、という気がします。今回の事象は、私には以下のことを示すように思えました。

1 少数派によって支持される意見がネットの匿名性によって増幅し、あたかも一大勢力を成したかのように見える場合がある

2 Webを見ている人は案外冷静である(選挙結果より)

1はともかく、2には言い過ぎかも知れません。今後の印象次第では変わる可能性があります。

1はネットの面白い特徴です。ネット右翼の主張がスカッた今回、情報の発信元であるネウヨが嘲笑の対象になってしまいましたが、マイノリティの意見が増幅するというネットの構造、つまりネットのパワー自体が否定されたわけではありません。別のマイノリティの意見が増幅され、ポジティブな動きを作り出す可能性があるのですから。確かにネットで増幅する意見には、浅はかだったり、ウケねらいの面白いおかしいもの、くだらないものが多い。でも中には傾聴に値する意見もあります。だから、浅はかなアジテーションや短絡的なバッシングが氾濫するからといってネットユーザーはバカか暇人だと決め付けるのは、勿体ないことだと思います。その決め付けに一抹の真理を感じるにやぶさかではありませんが。

ネットのバカバカしさや醜さ、弱さ、欲望、悲しさetcを、私はどうも簡単に突き放して見ることができません。そこに病に近いものを見るからか。あるいは単なるセンチメンタリズムか。それは分かりませんけれども。

確かにネットは時間の無駄だと思う(本当に実感します)ことは多いです。しかし、バカだと切り捨てるのは違うような気がします。

まあ、そんなことをウダウダ考えるんじゃなくて、いっそアサヒコムとか日経ネットあたりしか見ないという使い方が一番効率的な気もしますけどね。

しかしiPod経由の長文投稿は文章がギクシャクしますかね。もう少し慣れないとな。

2009年9月13日日曜日

オクラの味噌汁、ツナ丼、納豆トースト

秋日和なもんで料理が進みます。美味しいものを食べたい、作りたい、という気持ちが持続しますね。

美味しいものを食べたいという問いは、今カラダが何を必要としているのか、という問いとほぼイコールです。頭で考えて食べたいなって思えるのは、焼き鳥だとかパスタだとかカレーだとか、安直なものになりがちなんですが、何を食べるか真剣に考えてみると、実は体が求めているのは魚であるとか、生野菜とか、また別な候補が出てきます。でも夏はそこまで考えるのが面倒くさい。

今朝も涼しかったですね。布団の中で目を覚ました私は、朝食を何にしようかと考えておりました。昨日の買い物で朝食のことを何も考えてなかったんだよなあ。特徴的な材料は一切なし。いっそのこと妻に任せるか。うーん。今冷蔵庫にあるのは、冷凍ゴハン、レタス、オクラ、カボチャ・・・・

そうだ。なんかあっさりした丼系が食べたいな。卵丼?いや、いっそツナ丼ってのはどうか。

ツナ丼。昔学食にあったんですね。ナゾの丼。大して美味くはなかったんですけど。ほとんど食べたことはないんですけど。でも懐かしい。懐かしいから作って食べてみよう。

もうカラダが食べたいとかそんなことは無関係ですわ。単なる思い付き。

 
まず昆布と混合節でしっかり出汁をとります。基本ですな。あとはオクラを茹でて刻みます。

 
ツナと出汁を一煮立ちさせて、溶いた卵をゆっくり流し入れます。軽く火が通ったら、彩りとして刻んだ水菜を散らし、ゴハンにかけます。出汁が多くて汁ゴハンのようになってしまいました。
それからオクラの味噌汁。八丁味噌を2割くらい混ぜると味が深くなります。

子供には好評。妻は「学生メシだよねえ」という感想。私も同意です。何を主張したいか分からない味。それがツナ丼。丼って美味しく作るのが難しい。


昼は残り物の関係で、私だけ納豆トースト。しっかり納豆を練ってタレとからしとマヨネーズを入れ、パンに塗ってチーズを散らしてトースターでチン。
マヨネーズと納豆って合うのね。邪道な気はするけど。カロリーの面からね。でも子供にはアリかなあ。
納豆トースト。予想通りの味。アンパイな美味さ。納豆+アレンジ料理が苦手な妻は眉をひそめてましたけどね。

納豆大好き+アレンジ料理当たり前の私には、これほど自然なレシピはないんですが、妻にとってはこれほどありえない料理は無い模様。夫婦の溝は深い。

以上。
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リアル・ハンバーガー+ベークドポテト、いんげんのマヨ和え

ここしばらくジャンクにハマってましたね。今は興味を無くしましたが。あれは病気だったのかしら。

昔はモスが好きだったんですけどね。マクド(関西でこういう)よりもモスっしょ?イメージ良かった。でも最近なんか味落ちた?ブランクが長いからよく分からないけど。とここで唐突にフラッシュバック。そういえば結婚する前に妻とよく行ったなあ。大塚と駒込のモス。都会の朝のモスは、何やってんだか分かんないオヤジとか、明らかにカタギじゃないオヤジなんかがいたりして、ビミョウにさわやかじゃないんだよねえ。そこにまた味がある。夜のモスは疲れた会社勤めの女の子とか、若さをもてあましたやるせない学生とかがいて、これはこれで趣があった。ナツカシー。

でも残念ながら今のマイベストはフレッシュネスバーガーですね。特にクラシックバーガー。ジャンクとは言わせない。そんな迫力が伝わってきます。

まあ、そんなことはともかく。本日は家バーガー。リアル・家・バーガー。

タマネギをブラウンのブレンダーで砕いて軽く炒めます。それからナツメグと黒コショウ投入。冷めたら牛豚合挽き肉を投入。しっかり捏ねて丸めます。
 
 
焼くとうまそー。

 
あとはタマネギを軽くトースターで炙って、レタスの水気を取って、ベークドポテト(※)を作成。
(※)ジャガイモを火が通るまでボイルして、アルミホイルで包んで10分ほどトースター(オーブンでも可)で焼きます。

その他、トマトと自家製ピクルスをスライス。

 
これを国産小麦使用、マーガリン・ショートニング不使用の食パン(1斤260円)で挟んで、生協のケチャップをかけていただきます。
シンプルかつ安価かつ豪華。

子供をして「おうちバーガー最高!」と言わしめることができました。実際美味かったっす。

以上。
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2009年9月12日土曜日

ねこぶくろ、ファミレス

ねこぶくろというものがありまして、ねこのおさわりができるショップです。そこに行ってきました。

なぜねこを触りに行ったかといえば暇だったから。暇だったら何をしても正当化されるのです。それから子供が最近ねこのぬいぐるみを気に入っていて、じゃあ本物を触りに行くか、という流れになりました。実は私はあまりねこには興味がありません。飼えばそこそこかわいがるかもしれないですけど。その程度。

ねこカフェなるものに行きたかったんですけど、小学校5年生以下は禁止みたいなところが多いんですよね。子連れで行ける場所となると選択肢が限られてきます。

では早速ねこども登場。

 終始逃げ腰だった。
  最後まで降りてこなかった。なんかにらんでるし。
 こいつ迫力あった。
 
この子は愛想よかった。
オレのじいさんに似てる気がするのは気のせいかな。
 

というわけで、基本的に皆さん愛想がなかった感じでした。なーんとなく消化不良?

 
帰りはファミレスで食事。ビールが美味かったけど、その後軽くおなかを壊しました。最近胃腸が弱ってるよおぉぉぉ。年のせいだとしたら悲しすぎるので、ぜひ一時的なものであって欲しいと切に願っています。
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