2009年11月9日月曜日

8日放送のNHK貧困問題特集見た

37才で貯金なし。ハロワ通い。全くもって他人事じゃない。何歩か間違っていれば私もこうなってたと思います。無関係だとは思えない。

今の社会は貧困層の犠牲のうえに成り立っています。富裕層、中流層の賃金には、彼らから搾取された金が、多量に含まれている。

それはそれで結構じゃないか。ツキか才能か努力が足りなかったのさ。妥当な給料貰ってるオレはメシウマ。搾取やむなし。そうでしょうか。私はそんな社会は持続しないと思います。

日本では、一度定まった身分が固定化する傾向があります。世襲制度は言わずもがな、親が何をしていたかによって子供の将来が左右される社会。

忘れもしない就職活動での出来事。某大企業での二次面接でした。聞かれたのは親の職業。そのとき感じた違和感と残念な気分は今もありありと思い出せます。まあ、その企業には入れなかったわけですが、自分の親が中小企業の社長、役員だったら違うんだろうな、という思いが今でも消えません。いや、ただ何となく聞いてみたんでしょう。親の職業だけで合格不合格を決めるわけがない。落ちたのはあなたの力不足。それはそうかもしれません。でも、一流企業の人事の人が何げなく聞くことが、他ならぬ親の職業だということに、私は日本社会の閉塞具合が如実に現れているような気がしました。コネ。親の七光り。そういうことか、と。欧米で親の職業が問題になるでしょうか。ならない気がします。もはや10年以上昔の出来事です。今の就活学生に、親の職業など質問してなければよいのですが。

話を戻すと、日本は一度転落するとなかなか這い上がれない社会だ、ということです。親子の関係もそうですが、同一人物の失敗にも世間の目は厳しい。それが例え冤罪であったとしても。

要するに救いがないのです。一度転落すると希望が持てない。既得権益層が必死で自らを守り、世間一般の人もそれを応援するありさま。その証拠に政治家を見れば二世だらけ。しかも墓穴を掘るが如く二世を応援する低所得者層。二世の裏に既得権益層あり。

生きるための希望が必要です。希望を持つためには、まず食べ物と寝るところが必要でしょう。少なくとも家族で食って行くことはできる。経済の発展した先進国の国民ならばそのくらい保証されてもいい。

金持ちや大企業がギャーギャー言ってるのは何のためか。自分の資産を、収入を目減りさせないためか。それ以上稼いでどうする気だ。業績が上がって株価が上がってそれでどうなる。それは人と希望を犠牲にしないと得られないものなのか。他に大切なものがないか。これから生きて行く子供たちに希望を与える方が、どれほど大事か。

人生に必要なものは夢と希望とサム・マネーだと言ったのはチャップリン。大金持ち、そして企業を経営する人よ。国民からそれら全てを奪ってどうする。人を大事にしない社会に明日はない。私には自明のように思えますがね。金持ちや経営者には分からない模様。金の方が大事な模様。

と、少し熱くなりましたが、それだけパワーのある番組でした。NHKが本腰を入れるとは、少しは時代が変わって来たのかも。でも。とここで沸き起こる疑念。まさかNHKさん、派遣切りやってないでしょうね。下請けが苦しんでないでしょうね。NHKはマシ。そう思いたいものですが。(実態を何も知らないので何も言いません)

2009年11月6日金曜日

塩野七生「ローマ人の物語」読み始めた

★★★★★☆:歴史って面白い

これまでの人生を通してあまり歴史には興味がなかったんですが、やはり教養として西洋史か日本史くらいは押さえたい。そう思って読み始めました。隙間時間に読んで、文庫版の第一巻半分くらいまで来ました。面白いです。これは期待ができそう。ああ。この本、高校生の時に出会ってればなあ。受験勉強もはかどったに違いない。つまらない教科書ってのは罪ですよ。多少主観的だっていいじゃないか。歴史なんていかようにでも面白く書けるでしょうが。専門家が客観中立の立場で書く本ほどつまらないものはないね。いや、専門家でも思い入れたっぷりで書けぱ面白いはずなので、けなしているわけではない。歴史とイデオロギーに密接な関係があるから(価値判断の裏にイデオロギーあり)それを恐れているのか。下らないなあ。でも歴史教育の暗記科目化が、歴史に無頓着で刹那的な日本人を作り、それが日本人の平和ボケ意識を助長する一端を担っているとすれば、それも悪くはないか。某国も某国も歴史にイデオロギーや政治を結びつけず、各国民に事実を暗記させれば、日本国周辺はもう少し平和になるに違いない。事象はかくの如く多義的であります。

それはさておき、言うまでもないことですが、ほんの少しだけでも歴史を眺めてみるだけでも、人間というのは本当に戦争に明け暮れて来たんだなあ、ということが分かります。戦争。略奪。支配。暗殺。全てが血生臭い。

人間てのはやはり競争が好きで、自分以外の人間が没落するのが好きな、支配欲と独占欲と、後は何だろう、まあその手の煩悩に縛られ、かつ実践しているのだなあ、ということが、歴史を見ても今この世の中を見てもよく分かります。やはり人間は利己的な遺伝子の乗り物であったか。

私は感傷的になると、ユートピア社会主義的なこと(貧困はダメだ、自己中な金持ちはダメだ云々)を言っており、まあ普段も出来るだけそういう社会に近づけなあかんでしょうに、と思っているのですが、歴史をチラと眺めるとどうにも道険しというか、人間ってのはダメじゃなかろうか、とそんな気がします。ある程度は分かっていたことなので今更ガッカリもしませんけど。

お釈迦様は全ての煩悩を捨てなさい、世の中は虚しいのだと言いましたが、その教えを忠実に実践してると、人間の種としての繁栄はなかったわけで、となると何がいいのか悪いのか、価値判断というのは本当に難しいのだなあ、ということがよく分かります。果たして周りから略奪して生き残ったものが正義なのか。それとも慈悲の心で生きとし生けるものをあわれむ、一切衆生悉有仏性が正義なのか。

いやあ、歴史って本当に面白いものですね。

ユージュアルサスペクツ見た

まあ何というかこんなものだろうな、という出来でした。正直ラストもそんなに驚かなかった。というより予想通りというか。感じ悪くてすみません。でも本当だからしょうがない。

現在と過去が交錯するストーリー展開で最初は振り回されますが、ついて行くのはさほど難しくありません。

悪くない映画だとは思います。でもちょっと中途半端かなあ。サスペンス映画好きなら見る価値はある。そんな感じで。

2009年11月5日木曜日

ショーシャンクの空に見た

学生の頃映画館でやってて、観に行こうと思いながら、何となく見過ごしてしまった映画です。レンタルショップで見かけるたびに、ああ、いつか観なけりゃと思っていたのを、とうとう借りて観ました。

私が巡回するウェブでは結構評判のいい映画です。レンタルショップでもなんだか知らないけどランキングの一位になってました。

で、感想。まあまあだな。といったところでした。確かにいい映画です。見たあとの感覚も悪くない。よく出来てる。でも、なぜここまで評判がいいのか。・・・分からん。

以下ネタバレあり。

無実の罪で投獄された元エリートが、自己中心的で腹黒い所長と、サディストの監督官に時に痛めつけられたりしながら、自分の才覚を利用してうまく立ち回り、周りの囚人ならも一目置かれつつ、最後には悪い奴らが悲惨なことになり、主人公はハッピーになる、という内容です。

牢獄系映画というのは、主人公が自由を奪われ、監獄で理不尽な扱いに耐えながら、誇りと希望を失うことがない、そのあたりに会社で働くサラリーマンが感情移入できる、というあたりがミソなわけで、この映画では、さらに主人公が大変立派で頭がよいとして描写されていて、その辺りがエンターテインメントとして成功している理由の肝のところだと思われます。こう書くと身も蓋もないですが。

それから悪役の描き方のテンポがいい。いい感じでラストに向かって盛り上がります。で、ラストでスッキリ。ああ、いい映画だった。そう思えます。よく出来てます。

とまあ、こんな具合にどうして私が冷たい書き方をしてるかというと、主人公がスーパーマンすぎるからですかね。それが、いまいちのめり込めなかった、また、やっぱりアメリカンなエンターテインメントだな、と一歩引いて観ることになった原因のようです。年は取りたくないね。十年前に観たら単純に感動してべた褒めしてたかもしれない。でも、逆にカッコーの巣の上では今出会えて良かった、若い頃観てたら訳も分からず混乱して、下手したらトラウマになってたかな、と思えるので、年を取るのも一長一短ですかね。

映画自体は傑作ですよ。私が歳取ってスレただけです。これはもう仕方がありません。

やっぱり傑作ドラえもん

私が小学生のころ、親から漫画を読むことを禁じられてました。まあ、あくまで原則であって、絶対に駄目ということはありませんでしたけど。学習漫画はOK。でも、それ以外は駄目。かわりに本を読むことが強く推奨されていました。本を読め、と。

漫画を心置きなく読めるのは、親の実家に帰省した時だけ。祖父母の家で、茹でたとうもろこしやスイカ、アイスを食べながら、部屋の片隅、古ぼけたソファに腰掛けて、のんびりとコロコロコミックやドラえもんの単行本を読んだものでした。

庭には幼児用のビニール・プールよりも小さな池があって、鯉が泳いでました。祖父は一介のサラリーマン。特に裕福だったわけではありません。家も借家でしたから、祖父なりの精一杯の見栄と贅沢だったのでしょう。あるいはそのころ鯉を買うのが流行っていたのかもしれません。田中角栄効果?

帰省した時、鯉に餌をやるのは私の仕事でした。「そんなに餌やったらあかんちゃ」とか言われながら。小学生時代の心温まる思い出です。その池も祖父亡き今は埋めてしまった。今でもあの時のセミの声を思い出せそうな気がします。

中学生になると、何となく漫画は低レベル、小説の方が高級。という価値観に毒されてしまいつつ、しっかり書店で漫画を立読みしてましたね。あの頃私が住んでた所では、本の一冊一冊をパッケージングするなどということはなく、わりと店員の目を盗んで立ち読み出来ました。あとは友達の家とかですね。

高校時代には漫画読みたい欲を自分で抑圧した反動が出て、下らない漫画を買い漁ったりもしました。高校生の小遣いなので限度はありますが。おっとっと。なんか中学高校のイヤな思い出がズルズル出てきそうなので、この辺でストップ。

まあとにかく、漫画はレベルが低いと洗脳されてきた私としては、子供には小さい頃から適切に漫画と触れ合って欲しいと思ってます。活字本も漫画もいいものはいいんだ、と。漫画をとりわけ害悪視して遠ざけるていると、いつか変な風に反動が出るような気がします。経験的に言って。

ということで、上の子には適宜ドラえもんを与えてます。宿題とかやった後のご褒美として。

今は図書館にドラえもんが全巻置いてあるんですね。なんと便利。いや、藤子不二雄全集を大人買いしてもいいんですが、それだと私が漫画中毒になる可能性があるので出来れば避けたい。というわけで、ちまちま図書館からドラえもんを借り出して子供と取り合いながら読んでます。

で、やっとブログタイトルに追いつきます。いやあ、ドラえもん面白いですわ。ギャグ漫画としてよく出来てるんですが、にもかかわらず品がある。全般にすごく温かい、幸せな雰囲気が流れてる。未来はきっと楽しい。君たちが大人になるころは、どんな素晴らしい世界が待ってるだろう。そんなメッセージが溢れているようです。それからのび太とドラえもんの友情。本当に素敵な漫画だと思います。

私のiPodの使い方

最近のiPodの使い方です。iPod含むモバイル環境を検討している人のご参考になれば。

私の場合iPodはほとんどブログ草稿マシンと化しています。いつのまにか一日一記事を自らに課すようになりました。それから英語のリスニング。CNNのポッドキャストを聞いてます。あとはWiFiで接続してMailチェックとGoogleニュースのブラウズ。IT Mediaのニュース配信。それから音楽。ビデオはほとんど見ない。産経新聞も当初ほど読まなくなりました。読んだことがある人には分かって頂けると思いますが、目が疲れるからです。真剣に読むなら紙を買った方がいい。

滞在時間でいうとまずCNNがトップです。聞き流していることが多いのですが、とにかく長時間流しているという意味では一番に違いない。はっきり言って仕事で英会話が必要になることはまずありません。マニュアル、ドキュメントを読むのに英語は必須ですけど。リスニングはただの訓練です。徐々に(本当に徐々に)意味が分かってくるのも楽しい。

次に音楽。これに関しては特記事項はありません。それからブログ草稿打ち込み。ToFUEditerを使っています。付属のメモ帳より安心して使えます。簡易ですがファイラ機能が嬉しい。上書き保存時の確認プロンプトが3回も出るのは不満ですが、枝葉の話。逆に他の機能にはかなり満足です。通勤中は大体このエディタに日本語を打ち込んでます。

メール。添付ファイルで少し不自由しますが、使えるだけでありがたい。GmailならpdfもOffice文書もそれなりに見られます。モバイル環境としてはまあ十分といっていい。

それから情報収集。iPodだと、どうしてもヘッドラインの収集になりがちです。じっくり長い記事を読むのはつらい。新聞やPCで情報収集するよりは断片的で浅くなるものの、まあモバイル環境ならば断然合格点でしょう。その気になればちゃんと読めますからね。

番外ですが、フリック入力はいいです。もうこれに慣れると普通の携帯には戻れない。

前にも書きましたか、WiFiはNTTのサービスMzoneを契約しています。月に1,525円固定。首都圏の地下鉄ならびに主要な私鉄の駅をカバーしています。通信品質もかなり満足です。電車の待ち時間にメールやニュースのチェックができます。わざわざ駅に行く必要はありますが、不便かと聞かれれはそうでもない、と答えます。勤務先と駅が近いのて、ちょっと席を外せば大丈夫。

iPhoneに魅力を感じるか、と聞かれればそうでもない、と答えます。WiFiだけではなくパケット通信もできるのは魅力ですが、いかんせんランニングコストが高い。Mzoneで十分。カメラはわりと魅力的ですがそのために毎月固定費を出したくない。

もし私がブログを書いていなかったら?iPod持て余してたかもしれません。この手のギミックが好きで、ネットでの交流が多い人ならアリです。音楽プラスネットとメールが少々。但しWiFiの契約が別途必要。クセはありますが、かなり魅力的なツールだと思います。

ベーシックインカムはアリだ

ベーシックインカムというアイデアをNIKKEIで読みましたが、これはアリだと思いましたね。矜持だけじゃ飯は食えないですからね。心が貧困と貧困への恐怖に蝕まれることもなくなるんじゃないか。何よりこんな選択肢もある、ということが希望を広げてくれます。他にもできることがいろいろあるんじゃないか。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/bpnet.cfm?i=2009102306481dl&p=1

ベーシックインカムとは何か。詳細はリンク先を見ていただければいいのですが、オレ、忙しいからリンク辿って読む暇がない。三行で済ませてくれないか、という人のために簡単にまとめると、働かなくても生活できる最低限レベルの金を日本国民全員に配ってしまえ、というアイデアです。その代わり、医療補助とか、行政サービス、年金も生活保護も無しか削減。

非常に面白いアイデアです。金という概念をガラリと変えてしまうでしょう。働かなくても、生きているだけで金がもらえる。仕事をしなくても、とりあえず生きては行ける。そうなった時、人はどうなるのか。

仕事なんぞバカバカしい。と細々と暮らしながら金のかからない趣味に走るのか。それとも、やはり私は社会に貢献したい、面白いことをやってみたい、と仕事に励むのか。或いは別に税金で取られてもいいから、めちゃくちゃ稼いでみたい。どう振舞うか人によって全然異なってくると思いますが、確かに面白いことになるような気がする。

仮に18歳以上に一人10万支給されたとしましょう。どうなるでしょうか。

いいねえ。これだけ支給されたらさっさと引退するかな。温暖な気候の田舎に土地でも買ってさ。妻と隠居生活。でもまだ早いな。もう少し働いてお金を貯めておくか。

あるいは意に染まぬ仕事をしている人なんかは、即座に会社に辞表を叩きつけるかもしれませんね。給料なくても暮して行けるとすればこんな仕事やってらんねえや。

何のために仕事をするか。かつてドラッカーは言いました。知的労働者(ナレッジワーカー)にとっては仕事そのものが報酬だ、と。キレイごとっぽいですが、まあ正しい気はしますね。実感として。とすれば、やりがいのある仕事が人気になるでしょう。

会社側はどうなるか。地味な仕事には人が来なくなるでしょう。高給で釣ろうにも金にあくせくしなくていいわけだから(おそらく税金も高くなる)、あまり効果はない。人手不足で淘汰される企業も出てくるでしょう。そうなると。。。この辺からは風が吹けば桶屋が儲かるの世界ですから、いかようにでもストーリーは作れるのでこの辺にしておきましょう。

こんなことを言うと反感を買うか、キレイゴトを言うとバカにされるか、あるいは頭がオカシいんじゃないかとおもわれるかもしれませんが、はっきり言って、この世の中金だ金だとうるさいんですよ。たかが金じゃないか。金のために自殺したり体売ったり寿命縮めたりね、もういい加減にしろ、と。そんなに大事なものなら皆に配ってしまえ、と。

金は大事だ。これは確かにホンネです。でも、金ごときに振り回されたくない。これもまたホンネじゃありませんか?金のために白を黒だと言ったり、意に染まぬ仕事をしたいですか。金が全てだ。本当に心からそう思うなら、プライドも友人も家族も捨ててどんどん汚い仕事をすればいい。でも、それができる?金も大事だ。でももっと(あるいは同じくらい)大事なものもあるはずでしょう。

もしベーシックインカムが実現したら、胸を張って「金より大事なものがある」と言えそうな気がしませんか?そう言える人に誇りと尊厳を感じませんか?

あんたが言ってるのはジョン・レノンのイマジンの世界だ。絵空事だ。そうかもしれません。でも、ジョンと同じナイーブさと希望を、私は失いたくないと思います。

・・・・。でも意地悪な気持ちも少しありますね。ベーシックインカムが実現したとしてどうなるか。怠惰と無気力が蔓延するか。あるいは逆に人としての誇りが勝るか。金の格差ではなく精神の格差が広がったりして。それがどのようなものかはわかりませんけど。

人間の本性にはあまり期待してませんが、まあ、とにかく、ぜひ実現して欲しいと思います。ベーシックインカムのある社会。今よりはマシな風景が見られる気がします。

2009年11月3日火曜日

朝)パン、オムレツ 夜)小松菜炒め

晩秋、冬、早春の風物詩、夜間発酵パンです。でも、去年ほどの情熱はなし。二年目のアンニュイ。倦怠と書いてアンニュイと読ませたい。でも焼き立てパンを頬張る予測はアンニュイすらを吹き飛ばします。眠いのを押し切ってパンの仕込み。

翌朝。過発酵かな?と見えましたが、問題なしでした。

ちょっと砂糖を多く入れすぎて甘く仕上がってしまった。ご飯パンというよりおやつパン。妻と小さい子には不評でした。残念!おやつには喜んで食べてたけどね。

それからじゃがいも、ニンジン、ウィンナを低温のEVオリーブオイルで煮て、卵を投入したオムレツ。美味い。EVオリーブオイルはもうヤケクソでたっぷし頂くのがコツですよ。それが一番美味いし、多分体にもそんなに悪くない(はず)。カロリーのことは知らん。

夜は小松菜炒めと昨日の残りのおでん(妻謹製)。美味かった。小松菜はそのまま炒めても美味いのね。小松菜=おひたしという固定観念は捨てなければ。オリーブオイルとにんにくと炒めたら美味かろう。

昼に妻の実家に行って疲れたせいか、夜は爆食気味でした。いやあ、だいぶ慣れたんですけどね。結婚して10年経ちますが、まだまだ妻のご実家では緊張する模様。

筋子→イクラしょうゆ漬け、かぼちゃ煮物、ほうれん草

筋子は美味い。美味いですよ。さすが旬。魚卵?別に?さほど。魚卵がどうかしましたか?と思っていた私ですが、筋子からの手製イクラしょうゆ漬けは別格です。市販のイクラはあまりに高い。グラム1,200円ってのを某安売りスーパーで見ました。でも筋子ならグラム300~400円程度。4人家族でたっぷしのいくら丼食べても2,000円未満。安くはないよ。でも、外で食べたらどんなことになるか。サービスランチ鮭いくら丼900円の店で4人で食べたら3,600円でしょうが。つーか値段なんかどうでもいいくらい美味い。しかもたっぷし。


おう。素晴らしい。

熱めのお風呂(42度)くらいの塩水で洗ってしごいたりほぐしたり。バラして煮きった酒みりん、しょうゆに漬けます。

30分も経てばもう美味いこと間違いなし。画像はありませんが、別途生鮭を焼いてます。鮭イクラ親子丼にするつもり。


あとはかぼちゃの煮物とほうれん草のおひたし。

鮭いくら丼はもう最高に美味かったです。イクラのこってり、生鮭うす塩焼きの淡白で旨みが奥に隠れた蛋白質。口の中で混ざるともうウマーですよ。そこんとこに白いご飯をかっこんだ日にゃあ、もうダイエットも何も知らんってなもんですよ。とにかく大変おいしゅうございました。

ジャーマンポテト風あるいはエクストラヴァージンオリーブオイルの消費

料理写真がダブついて来てます。ある朝ジャーマンポテト風を作りました。


イモを茹でて軽く潰し、ウィンナとにんにくを刻んで低温のEVオリーブオイルで炒めます。

最後にイモとウィンナ、にんにくを和えて、黒胡椒、塩で調味。美味いっす。

EVオリーブオイルはマリネとかドレッシング用だな、とか思ってると何となく使いにくくて、3ヶ月ほど出番がなくて放置したら酸化して微妙に臭くなって、捨てるのも忍びないし、何となく困った感じでむりやり炒め物とかで使い切るタイプの食材ですが、これはもう思い切ってダブダブ使うに限りますよ。ただし低温で炒める(むしろ油で煮る)のがお約束。油を摂取する罪悪感はこの際無視。だってオリーブオイルだからね。少なくともエコナよりは体にいい。いやホント。

2009年10月31日土曜日

カッコーの巣の上で見た

もう衝撃的でしたね。凄いの一言。この映画、私の生涯を通してのベスト10に入ってくることは間違いない。子供が寝てから見たのですが、見終わった後、一時間くらい立ち直れませんでした。しばらく眠れなかった。

以下ネタバレ含みます。

精神病院に入れられたマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)が、患者たちと親交を深めつつ、病院側が振るう権力と戦いつつ、脱走を試みるものの、最後には破滅してしまうというストーリー。マクマーフィと仲の良かったチーフが最後に自由を手に入れるというのが唯一のカタルシスです。最後の40分は、まさに天国から地獄へ。息もつかせぬ展開で衝撃のラストシーンが待っています。

最初の一時間半。何だかステレオタイプな人物の描き方。確かに魅せるけど、何となく見えすいた展開。ジャック・ニコルソンの演技は凄いけど、まあ、こんなものかな、という感じで見てました。ゴメンなさい。謝ります。ラストがとんでもないことなってました。ビビりました。見終わったあと思わず10分ほど家の中を歩き回ってしまいました。

ええと、これから見る人は、パッケージに印刷してあるあらすじや作品紹介を忘れてください。マクマーフィが精神病を装っているとか、病院の理不尽な権力がどうとか、そんな情報は全くのムダ。いや、ムダどころか邪魔。とにかく、まずはそのまま映画の世界を受け入れてみてください。病院側も別にそんな酷いことはしてないし(一部は別として)、婦長さんも厳しいけど、まあどこにでもいるタイプだし、ジャック・ニコルソンの演技はぶっ飛んでるしで、パッケージを見て、ははあ。悪いのが病院で、ジャック・ニコルソンはいいやつなんだな。などと思ってしまうとわけがわからなくなります。

この映画いろいろな解釈ができますが、とりあえず私は現代の管理社会に息苦しく生きる人間を描いた、ブラックな風刺映画だと見ます。人によってはこのような解釈を興醒めに思うかもしれませんが、まあさしあたりそんな感じで進めます。

ではまず主人公であるマクマーフィについて。かなり捉えどころのないキャラです。レンタルDVDのパッケージには精神病を装って入院したとありましたが、いやいやこの人の振る舞いはかなりオカシイです。どうやら凄く頭は良さそうだ。まともな受け答えもできる。でも裏に強い攻撃性がある。時々ギョッとするような発言や反応がある。この人が社会でやって行けるか。わからない。大丈夫かもしれない。でもダメかもしれない。Wikipediaの「カッコーの巣の上で」を見ると、精神科のお医者さんが「マクマーフィにはなんたら症となんとかかんとかの徴候が見て取れる」なんて書いてある。要するにわからないんですよ。この人がまともなのかどうか。ということは?専門家先生が決めつけたら、そういうことになってしまう。まともか病気か、危ういグレーゾーンにいる。それがマクマーフィです。つまり、診る人によって病気かどうかが変わるのです。人間の恣意的な判断が介在しうる。これって恐ろしいことだと思いませんか。ウマが合う先生だったらまともだと診断され解放されるし、その逆だと精神病と診断されて監禁される。そんな危うい位置にいる人物です。

それから精神病院にいる患者のみなさん。これはまさに現代社会に暮らすわれわれそのものです。規則にがんじがらめにされ、刑罰に怯えながら日々を過ごす。狭い世界に閉じ込められていながら、全くそのことを疑問に思わない。すっかり不自由な生活に安住している。その気になれば自由になれるのに、動こうとしない。あるいは逆に決して自由にはなれないのに、それを認めようとしない。無気力。あるいは何かに苛立ってるんだけど、その何かがわからない。彼らは確かに病人かもしれない。でも描かれ方を見る限りは一風変わったただの弱い人間に見える。われわれ一般人を彼らに投影するのは難しくない。

マクマーフィは、精神病院で伸び伸びと型破りに振る舞い、患者たちとも分け隔てなく付き合い、皆の人気者になります。患者だからといってバカにすることなどありません。この辺り、かなり感じがいい。マクマーフィの好感度アップです。臆病な患者のみなさんをひっばる型破りなリーダーとして、マクマーフィが魅力的に描かれている。

一方、病院側は杓子定規で融通がきかず冷酷な存在として描かれます。それがまたマクマーフィの存在を際立たせます。私は映画の中盤あたりで、ははーん。マクマーフィがヒーローになって何か感動的なラストになるのだな、という予想をしてしまいました。何度も書いてますが、これが誤り。

中盤からラストにかけての展開は圧倒的です。まだ見ていない人のためにあまり詳細には書きません。とにかく圧倒的なマクマーフィの敗北。しかし、どこか彼自身それを望んでいたようにすら思える。それは、彼が一人で脱走するには余りにも患者たちにコミットしていたからか。むしろ患者たちと共に残って戦おうと思ったからか。映画にはその説明はありません。

ラスト。

「正常な」人たちによる規則の適用。それが結果的に圧倒的に非人間的な暴力の発動となります。患者たちの人間的な行動と比較して分かるのは「正常な」組織や規則が人間を破壊しうる、というこの逆説。「正常な」人間によってふるわれた暴力をあがなうのは、やはり暴力しかなかったのか。

うむむ。とにかく、本当に凄い映画でした。昨日から余韻が消えません。

いまさらながら派遣村再総括

その昔。といっても今年の最初の頃ですが、派遣村騒動というものがありました。私は正直いって派遣村のニュースをテレビやら新聞で見てかなり気分が悪かったのですね。

基本的に私も若者の貧困は何とかしなければならないというスタンスでして、彼等とさほど思いは違わないはず。何でまたそんなネガティブな気持になったのか。その気持を整理するために書いたのが以下のエントリでした。

http://akagi-essay.blogspot.com/2009/03/blog-post_2420.html

2ちゃん系でも派遣村は叩かれていて、叩く側の言い分としては、んなことやる暇があったら働けとか、あるいは政治的に利用されてるだけじゃねえかとか、総じて胡散臭さを指摘するトーンに、ハードワーカーのルサンチマンや軽蔑が入り混じったものだったようです。

私はといえば、どうにもあの騒動が気持悪いというか、とにかく後味が悪い気がしてなりませんでした。

しかし、最近ちょっと考えが変わってきました。ひょっとして、私の感じた不快感の大部分は、派遣村それ自体ではなく、それを巡る周囲の状況にあったのではないか。そんな気がしたのです。遅ればせながら。

まず、冷静に派遣村について考えてみた。派遣村とは何だったのか。派遣社員の境遇に共感、同情した若造が集まって、日比谷公園で炊き出しイベントをぶち上げた。それだけの話だね。いいじゃないか。若さゆえにできるストレートなイベント。歳を取っちゃうと、余計な悪知恵がつくし気持も磨り減ってしまってなかなかそんな直截な行動はとれない。まことに結構。頑張れ若造。と、おやおや素直に褒められるじゃありませんか。確かに恥ずかしいというか勇み足というか照れくさいというか若さむき出しですが、若者ボランティアが集まって炊き出しするというのは悪くない。いいじゃん。

だとすると、何が私の気にさわったのか。結論からいうと、若造のイベントにただのりした大人とマスコミに不快感を感じたのですね。やたらと祭り上げたり、リーダーを英雄視したり。いや、派遣村なんぞ、民放の昼のニュースにチラッと載るくらいの話ですよ。元気な若者が青臭いイベントやってるだけ。それをさも大事件のように煽り立てる。そこに大人とマスコミの打算、偽善を感じた。それがどうやら強い不快感に結びついたらしい。だってさ、マスコミも派遣切りしてるわけっしょ。もう話にならないよね。どのツラ下げて派遣村報道だ、と。経営者も政治家もあんなイベント屁とも思わないはずだ。派遣村イベント程度で心が揺らぐほどナイーブだったら、政治や経営なんかやってられない。

それに派遣村はニュースの題材としてはとても扱いやすかったと思われます。政治色も思想のカラーも非常に薄いし、タイムリーだし、スポンサーへの攻撃色もない。いや、むしろスポンサーイコール若者の味方くらいのイメージも持たれそうだ。そんな背景が(まあ例によって下衆の勘繰りですが)うっすら感じられる。

まあ、とにかく、あの騒動にはぜんぜんいい印象がありません。何かイヤなもの見たな。その程度の印象ですが、でも、それは決してイベントそれ自体のせいではなかった、ということははっきりしておきたいと思います。

貧困問題について

ネットを徘徊している時のこと。NIKKEI NETで貧困問題に関する記事を読んだ後(日経が貧困問題とはね。時代が変わってきた?)、2ちゃんのまとめサイトで月収15万未満でハードに働く若者(正社員含む)たちの自虐、怨嗟、不満渦巻くスレッドを見ました。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/bpnet.cfm?i=2009102308605dl&p=1

http://hamusoku.com/archives/544303.html

うーん。いつのまにか日本は豊かな国ではなくなった模様です。どうしてこうなってしまったのか。

いやいや、そんなの一部の話だろう。みんながみんな貧困にあえいでるわけじゃない。実際まともな企業に勤めてるサラリーマンはちゃんと給料を貰ってる。ハードワーカーもいるが、上手くやっている人もいる。それもそうかも知れません。でも、そこで思考停止してはいかん、という気がします。

派遣社員、正規社員問わず、貧困、搾取が拡がっているという強い印象があります。まともな生活を送るのが難しくなっている。適性や才能、コネがないと生きにくい世の中になってきている。個人の持てる夢や希望が縮小し、社会に閉塞感が拡がっている。

まず、事実として弱者や適応が難しい人がいる。体や心が弱い人間がいる。こういう人たちがまっとうに暮らせる必要があります。これはもうみんなで助け合わないとしょうがない。見殺しにするわけにはいかない。明日はわが身。生活保護やむなし。

でも、それなりに適応している人、つまり普通に人と会話したり、学習できる人がひどい生活を強いられているという事実があるらしい。つまりハードワーカーかつ低所得な人たちが存在する。普通に働く能力があるのに、辛い生活を強いられている。

そして2ちゃんでは、そんな人たちが生活保護を受けている人をバッシングしている。分かりますよ。だって、生活保護を受けた方がブラック企業で働くよりも明らかに貰える金額が多いんだもの。怒るのが当たり前ですよ。でも、怒りの対象が間違ってやしないか。むしろ無策だった政治に向かうべきでしょう。貧困やセーフネットには全く目が向かないまま改悪を推し進めたヘイゾーさんとかね。どうにも胸ふたぐ光景です。

我が子供たちを見ていると、本当に他人事ではありません。彼・彼女たちが未来に希望を持てるのだろうか。親の立場としては、到底安心して子供を社会に送り出せない気がします。殺伐とし過ぎている。若者の人間性が尊重されることなく、単なる金儲けのツールになってしまっている。

いやあキレイごとをおっしゃる。いまの時代、そんなの通用しません。そうでしょうか。貧困に喘ぐ派遣社員だって薄給ハードワーカーだつて誰かの子供なわけですよ。だとすれば、既存の仕組みの上にあぐらをかいているあなたの、子供の将来かもしれない。あなたの遠い親戚の若者が、どこかで貧困に苦しんでいるかもしれない。あなたの友人の子供が、搾取されてるかもれない。それでもまだキレイごとと言えますか。切実な問題じゃなかろうか。若者の貧困なんかどうでもいい?だとすれば、あなたには想像力が欠けてると言わざるをえない。もしあなたが金銭的成功者だとしてもあなたの人間性は貧しいと言わざるをえない。いや、すみません。私には偉そうなことを言う資格はない。矛盾に満ちた情けない人間です。でも、間接的にせよ弱者から搾取している可能性があるとして、弱者が貧困なのは当たり前だと思うような人は、オカシイと思う。

社会での競争なんてスポーツのようなものだと私は思います。つまり、勝った人がかならずしも人間的に優れているわけではないし、負けたからといって人間としての尊厳を失うわけじゃない。ある尺度とルールで計測した結果を評価した、それだけのこと。競争があって、勝者がいて、敗者がいる。それは当たり前だと思います。しかし、だからといって敗者の生活が悲惨でいいはずがない。勝者が傲慢になっていい理由はない。社会に適応出来なかった人の子供が貧困に馴らされる一方で、たまたま適応出来た人が異常なほどの贅沢を享受するのはおかしい。

私は、人が誰かと真剣に関わる時には、心のどこかに「その人のために」という意識がないとダメだと思います。具体的には、たとえば会社社長なら、社員を喜ばせてやろう。社員のために給料を増やしてやろう。そういう意識が少しはないとだめです。それがなければ、その社長は社員を人として扱ってない。社員が数字と化している。単なる間接コスト、ノルマの達成度として社員が把握されている。そこには人の尊厳というものがない。

人を数値化すれば効率的に処理することができる。どれだけ少ない給料で、どれだけ多くの売り上げを獲得できるか。効率の悪い社員はだれか。数値化して予測し、目標を立て、実行する。もはやそこには人間はいない。存在するのは単なる金儲けの手段です。私には、およそ正しいこととは思われない。極論すれば現代の人間は、金のために人を利用し、利用されるような存在に、言い換えると金というシンボルにとらわれた囚人と看守のようになっている気がします。

じゃあ、どうすればいいのか。いろいろやれることはあると思います。福祉を充実させるとか、あるいは逆にベーシックインカムみたいな制度を作るとか。痛みは伴うでしょうが、日本の将来すなわち子供達の将来を考えると、ドラスティックな改革が必要です。景気対策、金儲け対策ではない、貧困をなくすための改革こそが必要なのではないでしょうか。

2009年10月29日木曜日

アメリカ・アメリカ

民主党政権になって露わになったのは、日本がいかにアメリカに依存しているか、ということです。軍事力、核、文化、教育、思想などなど。アメリカの影響のないものは考えられないほど。もちろん、逆もあるでしょうけどね。特にサブカル方面。でも、アメリカが日本にかなりの影響を持っているのはまちがいない。

だからアメリカに対する民主党の政策は、典型的には以下の二つの反応を引き起こすわけです。

一つは、面白いからアメリカから離れちゃえ。独立だ。もっとやれ。

もう一つは、おいおい、アメリカと距離を置いてどうする。中国と北朝鮮が喜ぶだけだ。

どちらも当然の反応なわけですが、どちらもアメリカの影響全てを冷静に把握していはいないように思います。アメリカとのおつき合いは、結局のところ得なのか。それとも損なのか。そんな計算できるわけないか。中途半端ですが、以上。

2009年10月28日水曜日

少し気になる郵政民営化の行方

まあど素人の印象ですけど。

最近亀井さんが頑張っておられます。古くささがにじみ出てるようですが、おおむね支持します。新規の経営層には官僚系の人が多いようです。でも、それも仕方がないでしょうね。亀井さんが打ち出している方向性を見れてれば、いわゆる民間のスター経営者が来るわけがない。私も来て欲しくない。

郵政民営化の主な目的は、郵便貯金を市場に流すことでした。噂によればアメリカからの圧力もあったとのこと。真偽は定かではありませんが。とすれば、郵政民営化の目的は郵便貯金を外資系投機企業のマネーゲームに巻き込むことだったのではないか、とこれは例によって下衆の勘繰り。ね。ヘイゾー先生。景気回復、構造改革のスローガンのもとに、日本を強欲資本主義に差し向けたプロセスの一つ。それが郵政民営化。

庶民の観点からすれば、郵便局のサービスが少しでも改善すればそれでいいです。そんなに期待してません。郵便局で働くひとが、まっとうなサービスを提供して、まっとうに仕事して、まっとうな給料と休暇を貰って、子供を二人以上育てられたらそれでいいんじゃないですかね。別に多少非効率だっていいさ。金持ちが潤うだけの民営化でなければね。われながら反動的だなあ。まあ竹中改革には嫌気がさしてますからね。

でも、これから郵政民営化はどうなるのでしょうね。わりと楽しみです。サービスレベルを落とせば民営化に逆行してる!とか叩かれるでしょうし。派遣社員とか増やせばそれもまた叩かれるでしょう。まあ、幸いというか、このところの民営化ですごくサービスが良くなったとか、そんな気配は別にないから、何とかやれる気はしますけどね。

気になるのはわれらの曽野綾子先生が経営者の一員になられたこと。これもまた面白いんじゃないですか。数字とかじゃなく、センスで判断しそうだし。この一人ゆとり教育の件で個人的にはあまり好きじゃないんですが、郵政での仕事いかんによっては見直します。なんなら著書買って読んでもいい。

先行き注視ってことで。

2009年10月27日火曜日

マグノリア見た

かなり好き嫌いが分かれる映画のようです。私ははっきり言って大好きです。やはりまずトム・クルーズの存在感。扇情的なセリフを言いながらブリーフ一つで腰振ってますからね。すげぇ。でも凄いのはそれだけじゃありません。SEX狂という設定なのに、最後はきっちり演技で泣かせてくれる。やはりただものじゃない。

それからラストシーン。カエルが降ってきますからね。そりゃあもう大騒ぎさ。なんで?なんで?と言いながら結構笑ってしまいました。

この映画、表現手法こそ実験的ですが、私は親子という関係をテーマにしたストレートなヒューマンドラマだな、という感想を持ちました。最初はアメリカ的なちょっとオカシイ人たちの人生や、家族の病がテーマだろうか、と思いましたがちょっと違う。より普遍的な内容です。

私的には今年一番の映画かもしれません。いやあ、良かった。

ただ、かなり好みが分かれる作品なのでこれから見る人は要注意です。過度の期待は禁物。私見ですが、いわゆる巨匠チックな知的スノッブ映画が好きな人はイケると思いますよ。

酒との付き合い

どこかのサイトで、休肝日を作れないあなたは既にアルコール依存症である。なんとなれば飲酒がコントロール不能になっているから。とあって非常に耳が痛いです。というか言い得て妙。確かに酒の我慢が出来ないとすれば、もうその人は立派なアルコール常習者と呼んでいい気がします。

酒というのは明らかにかなりの中毒性を持つドラッグだと思います。実感として。呑みすぎた時のダメージもすさまじい。急性中毒で死ぬ人もいますしね。アルコールは、呑み過ぎると文字通り毒となる。でも上手くつきあえばストレス解消のクスリにもなる。微妙なバランスが必要です。

と少し反省しておいて。

最近、酒とのお付き合いが少し変わってきました。以前はいかに安く、美味く呑むかがテーマだったのですが、最近はいかにほどほどに楽しむか、という課題になってきました。

きっかけは二つありまして、ひとつめは先月末に体を壊したこと。やはり呑み過ぎるとしんどい、ということを実感しました。まあ当たり前なんですけどね。どうしてこんな当たり前のことに今まで気がつかなかったのか。あたしゃアホか。いやいや。それが人間ですよ。分かっちゃいるけどやめられない。

それからふたつめ。この間ブレードランナー見たんですが、その中でハリソン・フォードがウィスキーをチビチビ飲むシーンがあって、それがカッコよかったんです。ただ少しずつ飲んでるだけなんですけどね。さすが一流の俳優。なぜかカッコイイ。私もこんな風に酒を飲みたい。で、ウィスキーを買ってきて、ハリソン・フォードはストレートでしたが私は濃いめの水割り作ってチビチビすすってみたら、これが結構理に適ったウィスキーの飲み方だということが分かりました。

どうやら酔っ払うための飲み方ではありません。むしろウィスキーを味わうという感じ。濃いウィスキーはぐひぐび飲むには強すぎます。だからといって薄くすると味が分からないし、ぐびぐび飲むのもなんだか不粋な気がする。というわけで、濃いのをチビチビと啜る。するとなかなか酔いが回らない。というかさほど酒量が進まない。徐々にアルコールを吸収しているな、という感覚はあるのですが、それがダイレクトに酔いにつながってる気がしない。濃いウィスキーをがガブガブ飲んだら後でとんでもないことになる。それもまた強い抑止力になるようです。

酔っ払いカッコ悪い、というのが実は欧米の感覚らしい。酔っぱらわずにウィスキーやワインをチビチビ味わうのがカッコいい。その感覚が身につけばいいなあ、と思います。酔って我を忘れるのも楽しいですが、残念ながらもはや体がついて来ない模様。アルコールと上手く付き合いたいものです。

。。。

でもアルコールってそんな生易しいもんじゃありませんからねぇ。酒は呑んでも呑まれるな。ああ、このセリフ、何度繰り返したことだろう。喉元過ぎれば熱さを忘れる。酒と競争して勝ったやつはいない。分かっちゃいるけどやめられない。少なくとも、酒で身を滅ぼしたくはないと思う今日この頃です。

改めて考えてみると酒ってほんとに怖いものだなあ、と思います。

スウィニー・トッド見た

さすがティム・バートン。グロいわ変態だわ悪趣味だわジョニー・デップが歌うわで、もう大変な映画でした。超B級。私好み。

でも、今回はいまいち焦点が定まってないような気がしました。この人の映画って、笑うところなのか、顔をしかめるべきなのか、それともやり過ごすべきなのかが分からないまま混乱しつつ、引きつった笑みが浮かびつつ、思わず見てしまうという変態系映画なのですが、今回はちょっとパワー不足な気がしました。眠気に負けて半分ほどで中断、就寝。そして翌日。どうも続きを見る気にならない。ミュージカルに仕立てた段階で力尽きたか。期待していただけに残念です。ティム・バートンでなければべた褒めしたかもしれませんけどね。

2009年10月25日日曜日

ぎょうざ、ほうれん草とニンジンのナムル

餃子です。好きな部類に入りますが、めちゃくちゃ好きなわけじゃありません。むしろどうでもいい。学生時代に食べた王将の餃子は美味かったな。ああ懐かしい餃子定食。餃子二人前と雑な味噌汁とおしんこ二切れでライスを食べるシンプルメシ。

本日の夕食は、上の子の鶴の一声で餃子となりました。ちなみに昼は外食。古きよき喫茶店みたいなイメージの店でパスタを食べました。家族で。私はカレーチキンパスタ大盛り。子供(小)はナポリタン、子供(大)はグラタン。妻はペペロンチーノ。味の素っぽくなくて美味しかった。これもまたどうでもいい。というかこのブログすべてどうでもいい?それは言わないで。と少し切なくなる自虐トーン。例によって酔ってます。


それはさておきギョウザ。これが思ったより美味かった。肉汁たっぷり。手順はこのページに従いました。http://nitani.net/

野菜は白菜とネギを混ぜました。ネギが効いた模様。にんにくも必須ですな。肉を別途捏ねるのがミソのような気がします。餃子の皮からあふれる肉+野菜汁の美味さが違った。


あとはニンジンとほうれん草のナムルです。緑黄色野菜の補強ばっちり。すりおろしにんにくを少なめにしたら子供もOKの味。美味かったです。

筋子→イクラしょうゆ漬け、イシモチオーブン焼き、ジャーマンポテトもどき

筋子の季節でございます。魚卵(タラコ、イクラ)は好きですが「魚卵に目がない」というほどではありません。気が向けば食ってみっか、レベルです。だって高いし。コレステロールはまあいいとして、コストパフォーマンスがイマイチ。でも、妻と子供は魚卵好き。というわけで筋子からイクラしょうゆ漬けを作ってみました。

美味いんだな。これが。

筋子をほぐしてしょうゆ、みりん、酒に漬ける手間が十分に報われるこの美味さ。魚卵のねっとり、こってり。そして絶妙な生臭さと海のかほり。これにしょうゆのかほりが絡んでご飯に合う合う。これは美味いっすよ。魚卵?たまにはそんなもんでも食ってみっかレベルの私をすらうっとりとさせるこの味。お勧めかも。


それからイシモチオーブン焼き。下処理済み190円/一匹のイシモチを買ってきて、ハーブ塩をまぶし、オーブンを余熱して焼きます。これも美味い。イシモチの食べ方はこれでFA(ファイナル・アンサー)かも。楽だし美味い。塩焼きより美味いかも。


後はなんちゃってジャーマンポテト。ウィンナーとにんにく、タマネギを、たっぷり低温のEVオリーブオイルで炒め、やわらかく茹でたじゃがいもと塩、粗挽き黒胡椒を和えます。テキトーレシピですがこれも成功。美味かったです。