そろそろ季節も終わりかなあ。と名残を惜しみつつ2パック購入です。
ほぐし終わり。ぬるま湯ではなく、冷水でほぐしました。魚油が固まってほぐしにくかった分、生臭さが軽くなった気がします。
しょうゆ漬けの完成。ふっふっふ。
料理の合間に大根おろしを作り、たっぷしとイクラを乗せました。役得。
それから豚汁。
水少なめ野菜大目がいい味を生みます。
キャベツ焼き。ただ刻んで
焼きます。油はなし。
溶き卵を流しいれて、お好み焼きソースで食べます。安っぽい味だけどうまい。
モットーは「健全な精神は健全な胃腸に宿る」「生きてるあいだは上機嫌」
主張として「原発は営利企業に任せるべきでなく、もんじゅは絶対に廃炉!」「税金には気をつけろ!」
もう一つ、福島原発作業員の方々ならびに早野先生に国民栄誉賞を。
サブ・ブログという位置づけで、細々更新しています。
微妙。
確かに良く出来てます。ポール・ニューマンもロバート・レッドフォードもカッコいい。セリフもいい。ラストシーンはかなりいい。語り口がやや古臭いですが許容範囲。でも、確かにいいんだけと、ちょっとこれはイマイチかなあというのが正直な感想でした。
なぜだろう。
いろんなものを詰め込みすぎた、という気がします。例えば。喜劇。悲劇。男の友情。娯楽と本格的描写。この映画、公開当時は批評家に散々けなされたらしいです。残念なから私は彼ら批評家に少し同意です。
110分の間飽きずに見ていられるし、ラストもいいです。しかしまあ、何より良かったのは付録のインタビューでしたかね。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの話が面白かった。
最近名作といわれる映画を固めて見たせいで、評価が厳しくなったのかもしれません。駄作ばかり10本観てからこの映画を見れば、また違った評価になるのでしょうが。といってもこれじゃあフォローにならないか。
11/16追記) ちょっと映画を見ることに疲れていたようです。義務みたいに見てた。映画自体は良く出来てると思います。思い返しても悪い印象はありません。
★★★★★☆:歴史って面白い
やはり面白い。順調に読み進めています。と言ってもまだ文庫三冊目ですけど。文庫版は薄いのでテンポがいい。
さて。
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という警句があります。私はこれが昔から気にいらなかった。経験をバカんすんなよ。経験から学ぶのも簡単じゃねーぞ。
たまたま歴史を趣味にしている人が、後出しじゃんけんで、上から目線で言うセリフ。それがこの警句だと思ってました。なんか偉そうだ。悔しい。
まあ、そうは言っても歴史も大事だから、ということで今回は真摯に歴史チックな本を楽しんでいるんですが、身も蓋もないことを言えば、昔から持っていた私の直感は正しかった、と今のところは思っています。つまり「愚者は云々」は間違い。あくまで人は経験から学ぶのであって、歴史から何を学ぶかは学ぶ人次第だ、ということ。愚者が経験に、賢者が歴史に学ぶというのはあまりにも傲慢。というかレベルが低い警句だと言わざるを得ない。
歴史とは、学ぶ人がおのおのの見出したいものをそこから発見して、都合良く解釈できてしまう、そんな非常に柔軟で多義的な対象だと思います。確かに見事な解釈は存在し得ます。でも愚かしい解釈だって充分にありえる。歴史をどう解釈するか、そして歴史から何を学ぶかは、学ぶ人にかかっている。誰かが歴史から学んだからといってその人が賢者だということにはなりません。当たり前のことですが。
結局、ある歴史の一時点の意思決定が次の時代にどういうことになるか。最終的に正しいかどうか、なんて絶対に分からないのです。だって人間には未来は分からないから。もちろん、明らかな愚行はありますよ。でも、歴史は明らかな愚行と、明らかな正しい行いばかりで成り立っているわけではない。
しかし歴史を都合良く解釈する人にはそうは見えない。あの時の決断は誤っていた。なぜなら云々。事後的に見ると評価は実に容易。歴史上の出来事を自らの価値観で並べてそこに因果関係を見出していると、歴史の流れは必当然的に見える。
ホレミタコトカ。これと似た事例は過去にもあった。そのときも同じような意思決定がなされ、同じような失敗をした。なぜ歴史から学ばないのか。云々。似てる。同じ。それもまた価値判断です。恐らくは逆の事象もあったに違いない。でも歴史から学べという高慢な人には、自分に都合の悪い史実は見えていない。
そしてこううそぶくのでしょう。愚者は経験から学び賢者は歴史から学ぶのだ、と。
愚者が経験から学ぶのではない。人はありありとした経験からしか学べない。あるいは経験こそが人の礎となる。経験とそれに裏付けられた抽象化された体系がなければ、歴史の解釈なぞそもそも不可能です。
自由平等博愛というフランス革命的理念や、あるいはキリスト教的価値観が透けて見える西洋史解釈には馴染めなかった、と言う塩野さんのセンスは正しいと思います。やはり、人は経験や社会にを背景としたバイアスを持っている。歴史よりも先に経験があるのは間違いないと私は思います。
結論として、歴史というのは非常に肥沃な研究対象であり、それは疑う余地がありません。注意しなければならないのは、自分がそこから何を見出そうとしているが。そこから何を学ぶか。一歩下がって反省しておかないと、歴史解釈なぞ単なる自分勝手な手前味噌に終わってしまう、ということです。
まあ、単なる警句に腹を立てもしょうがないのでこの辺で。
話を変えます。
勉強になったのはリパブリックとデモクラティックの語源。デモクラティックは民主、リパブリックが共和という日本語。民主はよく分かる。でも共和が分からん。共に和する?何のこっちゃ。違和感ありまくりでした。でも、この本を読んでスッキリ!
なるほど。民主が皆で皆のためになることを考えよう主義。民衆を信じる主義。共和(リパブリック)は皆(パブリック)のためになることを考えるから任せてくれ主義。民衆を信用しない主義。そういうことだっのか。今さらながら一つ勉強させていただきました。
この本は面白いです。もう少し若いころに出会えてたらなあ、と思いました。歴史に「もし」はないのけれど。
高校の時に「2001年宇宙の旅」にすっかりやられてから、キューブリック監督作品は一通り見なければいけない、というわけの分からない義務感を背負って生きてきました。でも、戦争モノって、スタローンとかシュワルツェネッガーが出るもの以外はヘビーに決まってるので、なかなか見る気になれません。しかもキューブリックだし。キューブリックかつ戦争モノ。そりゃ腰が引けます。
今回、積年の課題を解消しようとTSUTAYAでフルメタルジャケットを手にとったのは、やはりブログ一日一投稿という課題を自らに課したがために、そのネタ探しというファクターが大きかった。バカバカしい。おっと。思わず書いてしまった。しょうもないモチベーションですが、昔から気になっていた映画も見れたのでよしとしましょう。これもまたブログを書いていたからこそ。そうだろうか?
二晩に分けて鑑賞。やはり面白い。でも、あれ?なんだが展開の予測が付くぞ。いや、見えすいた展開で先がわかるとかじゃなくて、漠然と次にどうなるか知ってるって感じ。しかも断片的に。デジャヴュではない。記憶をたどったものの、やはり以前に見た記憶はなし。模造記憶か。
と記憶をひっくり返したところ、昔「シャイニング」(怖かった)と「時計じかけのオレンジ」(何となく面白かったという記憶しか残ってない)を、恐らくはNHKの衛星放送で見たことを思い出しました。とすれば、そのときにキューブリック特集をやっていたに違いない。ならばフルメタルジャケットも放映したことだろう。若かりし私が断片的にそれを見た、ということはいかにもありそうなことだ。ということで模造記憶については一件落着。NHKとキューブリックがいまいち結び付くようで付かないがまあよしとしょう。
圧倒されて鑑賞終了。エンドロールの間、立ち上がれませんでした。見たあとに大変奇妙な感覚が残るのはキューブリックの持ち味。
やはり映像が独特です。三分も見れば、あ、キューブリックだ、と分かるあの空気。対象との絶妙な距離感。密着することもなく、かと言って突き放すわけでもない、冷静なようでいて、奥底に狂気を秘めた視線。
戦争という狂気に翻弄される若者たち。人が簡単に殺される世界と、そこに生きる人々が、淡々と語られます。極限状況で普通の若者がどうなっていくのか。キューブリックの冷徹な目が戦争のもう一つのリアルを映します。
まあ、そんな小手先の解釈や評論など、どうでもいいんですけどね。こんな戦争映画、確かにキューブリックにしか作れません。わけのわからない、凄い作品だと思いました。
イヤだなあ。キューブリックだからって有難がってさ。何が言いたいか分からない映画でしょ。どこがいいの?あんな観客を放り出すような映画。
む。痛いところを。やはり好き嫌いでしょうね。私はキューブリックはかなり好きなんです。まあ、いい映画でした。
ハッカクリベンジで。今度はわりと大物でした。値段も二匹で680円。安いと言っていいんじゃないかしらん。

目が血走っているところはご愛嬌。

どこかでお会いしましたっけ?どうも初対面のような気がしない。と塩を浴びせながら。

はい。オーブン焼き完成。刺身にするには鮮度と当方の腕前に不安があり、魚焼きグリルで焼くにはサイズが大きかったのでオーブンで焼きました。

それからポテト。まず軽く茹でます。

昨日の残りのオリーブオイル(イワシ混じり)とトマトソースで炒めて、

チーズを乗せて焼きます。

それからオリーブオイル(魚混じってない)とにんにくと小松菜を炒めて塩コショウ。
うん。ハッカク大好評でした。うわさにたがわずすごい油。上品な白身。これは美味いです。今度見つけたらまた買おう。他もそれなりの味でまあ成功といっていい。オリーブオイルを大量に摂取した週末でした。
キャベツ炒め by Cookpadです。大変に地味な料理ですが、簡単で美味い。作るのは二回目。二回以上作るレシピはわりと貴重なのです。

レシピでは電子レンジを使ってますが、Vitacraftの無水調理でチャレンジ。-

平行して出汁を取ります。

出汁を漉して火にかけ、しおれかかったナスを投入。

キャベツにツナと調味料を入れて仕上げ。味噌汁には溶き卵を投入しました。以上。まあまあでした。
スキットル。私のお友だちです。この中に角瓶(黄)の中身が180ml入っております。結婚する前に妻がプレゼントしてくれたものです。最近ウィスキーを飲み始めたので引っ張り出して使ってみました。結構楽しいです。うっかりすると飲みすぎるのが問題。

まずはトマトソースを作ります。

低温のEVオリーブオイルでタマネギを炒めます。ウィスキーを飲みながら。

低温でグツグツ。

完成。

タッパーに退避。

カタクチイワシです。2パックで196円。安い。

頭をちぎってはらわたを取ります。

これもまた低温のEVオリーブオイルとにんにくで煮ます。

じゅわじゅわと30分。

完成。

別途ほうれん草を茹でて、カタクチイワシを煮たオリーブオイルで炒めました。それからパスタを茹でてイワシとトマトをのせて完成。
これがですね。笑っちゃうくらい不評。いや、私はかなり満足だったんですよ。美味い。濃厚な魚っぽい旨みと臭みと、トマトソースの旨みがパスタに絡んでこれはいい!と思ってたら私以外みんな残してやんの。魚臭くて厳しいって。
イワシオリーブオイル煮の風味が効いたほうれん草の炒めは好評だったんですけどね。ほうれん草は美味かったろ?と聞いたら、うん。でも魚風味がなくても多分美味しかったと思う。そうか。カタクチイワシ玉砕。私は美味かったんだけどなあ。こういうこともあります。
子供二人にパパママという四人連れをよく見るようです。
ちょっとお父さん、ママがついてればいいじゃん。料金もバカにならないし。本屋とかレンタルDVD屋とかCD屋でつぶせない時間じゃないでしょ?でも映画見ちゃうんだ。そうなんだ。と、これはもうプリキュア目当てと認定。
私もアニメ映画(プリキュア、ドラえもんとか)+ファミレスランチならば喜んで子供の面倒みるからね。当然バカにしてるわけではない。同志よ。
まあ微笑ましくていいんですけどね。プリキュア良く出来てます。行きつけの美容師さん(男)に娘が出来たんですけど、プリキュアなんて、などと鼻で笑ってるんですな。俺はぜってー見ません。とでも言いたげな。これからどうなるか楽しみにしてるとこです。
まあ他愛のない映画です。でも戦闘シーンが凄いのと、ストーリーの展開が練れているせいで、結構見せます。後半はホロリとさせられたりして。毎回そうなんだよなあ。年を取ると心がスレる一方で、涙もろくもなるのだ。
蛇足ながら、一言。今回のプリキュア映画のメッセージは、おもちゃを大切にしようね!というもの。そうですか。でも、だったら、半年ごとにプリキュアの必殺技道具を、追加、更新、削除しないで欲しいな。一年たったらもう遊ばないもの。こっそり捨てるしかないですやん。と思ったお父さんお母さんはきっと少なくないに違いない。
今の社会は貧困層の犠牲のうえに成り立っています。富裕層、中流層の賃金には、彼らから搾取された金が、多量に含まれている。
それはそれで結構じゃないか。ツキか才能か努力が足りなかったのさ。妥当な給料貰ってるオレはメシウマ。搾取やむなし。そうでしょうか。私はそんな社会は持続しないと思います。
日本では、一度定まった身分が固定化する傾向があります。世襲制度は言わずもがな、親が何をしていたかによって子供の将来が左右される社会。
忘れもしない就職活動での出来事。某大企業での二次面接でした。聞かれたのは親の職業。そのとき感じた違和感と残念な気分は今もありありと思い出せます。まあ、その企業には入れなかったわけですが、自分の親が中小企業の社長、役員だったら違うんだろうな、という思いが今でも消えません。いや、ただ何となく聞いてみたんでしょう。親の職業だけで合格不合格を決めるわけがない。落ちたのはあなたの力不足。それはそうかもしれません。でも、一流企業の人事の人が何げなく聞くことが、他ならぬ親の職業だということに、私は日本社会の閉塞具合が如実に現れているような気がしました。コネ。親の七光り。そういうことか、と。欧米で親の職業が問題になるでしょうか。ならない気がします。もはや10年以上昔の出来事です。今の就活学生に、親の職業など質問してなければよいのですが。
話を戻すと、日本は一度転落するとなかなか這い上がれない社会だ、ということです。親子の関係もそうですが、同一人物の失敗にも世間の目は厳しい。それが例え冤罪であったとしても。
要するに救いがないのです。一度転落すると希望が持てない。既得権益層が必死で自らを守り、世間一般の人もそれを応援するありさま。その証拠に政治家を見れば二世だらけ。しかも墓穴を掘るが如く二世を応援する低所得者層。二世の裏に既得権益層あり。
生きるための希望が必要です。希望を持つためには、まず食べ物と寝るところが必要でしょう。少なくとも家族で食って行くことはできる。経済の発展した先進国の国民ならばそのくらい保証されてもいい。
金持ちや大企業がギャーギャー言ってるのは何のためか。自分の資産を、収入を目減りさせないためか。それ以上稼いでどうする気だ。業績が上がって株価が上がってそれでどうなる。それは人と希望を犠牲にしないと得られないものなのか。他に大切なものがないか。これから生きて行く子供たちに希望を与える方が、どれほど大事か。
人生に必要なものは夢と希望とサム・マネーだと言ったのはチャップリン。大金持ち、そして企業を経営する人よ。国民からそれら全てを奪ってどうする。人を大事にしない社会に明日はない。私には自明のように思えますがね。金持ちや経営者には分からない模様。金の方が大事な模様。
と、少し熱くなりましたが、それだけパワーのある番組でした。NHKが本腰を入れるとは、少しは時代が変わって来たのかも。でも。とここで沸き起こる疑念。まさかNHKさん、派遣切りやってないでしょうね。下請けが苦しんでないでしょうね。NHKはマシ。そう思いたいものですが。(実態を何も知らないので何も言いません)
★★★★★☆:歴史って面白い
これまでの人生を通してあまり歴史には興味がなかったんですが、やはり教養として西洋史か日本史くらいは押さえたい。そう思って読み始めました。隙間時間に読んで、文庫版の第一巻半分くらいまで来ました。面白いです。これは期待ができそう。ああ。この本、高校生の時に出会ってればなあ。受験勉強もはかどったに違いない。つまらない教科書ってのは罪ですよ。多少主観的だっていいじゃないか。歴史なんていかようにでも面白く書けるでしょうが。専門家が客観中立の立場で書く本ほどつまらないものはないね。いや、専門家でも思い入れたっぷりで書けぱ面白いはずなので、けなしているわけではない。歴史とイデオロギーに密接な関係があるから(価値判断の裏にイデオロギーあり)それを恐れているのか。下らないなあ。でも歴史教育の暗記科目化が、歴史に無頓着で刹那的な日本人を作り、それが日本人の平和ボケ意識を助長する一端を担っているとすれば、それも悪くはないか。某国も某国も歴史にイデオロギーや政治を結びつけず、各国民に事実を暗記させれば、日本国周辺はもう少し平和になるに違いない。事象はかくの如く多義的であります。
それはさておき、言うまでもないことですが、ほんの少しだけでも歴史を眺めてみるだけでも、人間というのは本当に戦争に明け暮れて来たんだなあ、ということが分かります。戦争。略奪。支配。暗殺。全てが血生臭い。
人間てのはやはり競争が好きで、自分以外の人間が没落するのが好きな、支配欲と独占欲と、後は何だろう、まあその手の煩悩に縛られ、かつ実践しているのだなあ、ということが、歴史を見ても今この世の中を見てもよく分かります。やはり人間は利己的な遺伝子の乗り物であったか。
私は感傷的になると、ユートピア社会主義的なこと(貧困はダメだ、自己中な金持ちはダメだ云々)を言っており、まあ普段も出来るだけそういう社会に近づけなあかんでしょうに、と思っているのですが、歴史をチラと眺めるとどうにも道険しというか、人間ってのはダメじゃなかろうか、とそんな気がします。ある程度は分かっていたことなので今更ガッカリもしませんけど。
お釈迦様は全ての煩悩を捨てなさい、世の中は虚しいのだと言いましたが、その教えを忠実に実践してると、人間の種としての繁栄はなかったわけで、となると何がいいのか悪いのか、価値判断というのは本当に難しいのだなあ、ということがよく分かります。果たして周りから略奪して生き残ったものが正義なのか。それとも慈悲の心で生きとし生けるものをあわれむ、一切衆生悉有仏性が正義なのか。
いやあ、歴史って本当に面白いものですね。
現在と過去が交錯するストーリー展開で最初は振り回されますが、ついて行くのはさほど難しくありません。
悪くない映画だとは思います。でもちょっと中途半端かなあ。サスペンス映画好きなら見る価値はある。そんな感じで。
私が巡回するウェブでは結構評判のいい映画です。レンタルショップでもなんだか知らないけどランキングの一位になってました。
で、感想。まあまあだな。といったところでした。確かにいい映画です。見たあとの感覚も悪くない。よく出来てる。でも、なぜここまで評判がいいのか。・・・分からん。
以下ネタバレあり。
無実の罪で投獄された元エリートが、自己中心的で腹黒い所長と、サディストの監督官に時に痛めつけられたりしながら、自分の才覚を利用してうまく立ち回り、周りの囚人ならも一目置かれつつ、最後には悪い奴らが悲惨なことになり、主人公はハッピーになる、という内容です。
牢獄系映画というのは、主人公が自由を奪われ、監獄で理不尽な扱いに耐えながら、誇りと希望を失うことがない、そのあたりに会社で働くサラリーマンが感情移入できる、というあたりがミソなわけで、この映画では、さらに主人公が大変立派で頭がよいとして描写されていて、その辺りがエンターテインメントとして成功している理由の肝のところだと思われます。こう書くと身も蓋もないですが。
それから悪役の描き方のテンポがいい。いい感じでラストに向かって盛り上がります。で、ラストでスッキリ。ああ、いい映画だった。そう思えます。よく出来てます。
とまあ、こんな具合にどうして私が冷たい書き方をしてるかというと、主人公がスーパーマンすぎるからですかね。それが、いまいちのめり込めなかった、また、やっぱりアメリカンなエンターテインメントだな、と一歩引いて観ることになった原因のようです。年は取りたくないね。十年前に観たら単純に感動してべた褒めしてたかもしれない。でも、逆にカッコーの巣の上では今出会えて良かった、若い頃観てたら訳も分からず混乱して、下手したらトラウマになってたかな、と思えるので、年を取るのも一長一短ですかね。
映画自体は傑作ですよ。私が歳取ってスレただけです。これはもう仕方がありません。
漫画を心置きなく読めるのは、親の実家に帰省した時だけ。祖父母の家で、茹でたとうもろこしやスイカ、アイスを食べながら、部屋の片隅、古ぼけたソファに腰掛けて、のんびりとコロコロコミックやドラえもんの単行本を読んだものでした。
庭には幼児用のビニール・プールよりも小さな池があって、鯉が泳いでました。祖父は一介のサラリーマン。特に裕福だったわけではありません。家も借家でしたから、祖父なりの精一杯の見栄と贅沢だったのでしょう。あるいはそのころ鯉を買うのが流行っていたのかもしれません。田中角栄効果?
帰省した時、鯉に餌をやるのは私の仕事でした。「そんなに餌やったらあかんちゃ」とか言われながら。小学生時代の心温まる思い出です。その池も祖父亡き今は埋めてしまった。今でもあの時のセミの声を思い出せそうな気がします。
中学生になると、何となく漫画は低レベル、小説の方が高級。という価値観に毒されてしまいつつ、しっかり書店で漫画を立読みしてましたね。あの頃私が住んでた所では、本の一冊一冊をパッケージングするなどということはなく、わりと店員の目を盗んで立ち読み出来ました。あとは友達の家とかですね。
高校時代には漫画読みたい欲を自分で抑圧した反動が出て、下らない漫画を買い漁ったりもしました。高校生の小遣いなので限度はありますが。おっとっと。なんか中学高校のイヤな思い出がズルズル出てきそうなので、この辺でストップ。
まあとにかく、漫画はレベルが低いと洗脳されてきた私としては、子供には小さい頃から適切に漫画と触れ合って欲しいと思ってます。活字本も漫画もいいものはいいんだ、と。漫画をとりわけ害悪視して遠ざけるていると、いつか変な風に反動が出るような気がします。経験的に言って。
ということで、上の子には適宜ドラえもんを与えてます。宿題とかやった後のご褒美として。
今は図書館にドラえもんが全巻置いてあるんですね。なんと便利。いや、藤子不二雄全集を大人買いしてもいいんですが、それだと私が漫画中毒になる可能性があるので出来れば避けたい。というわけで、ちまちま図書館からドラえもんを借り出して子供と取り合いながら読んでます。
で、やっとブログタイトルに追いつきます。いやあ、ドラえもん面白いですわ。ギャグ漫画としてよく出来てるんですが、にもかかわらず品がある。全般にすごく温かい、幸せな雰囲気が流れてる。未来はきっと楽しい。君たちが大人になるころは、どんな素晴らしい世界が待ってるだろう。そんなメッセージが溢れているようです。それからのび太とドラえもんの友情。本当に素敵な漫画だと思います。
私の場合iPodはほとんどブログ草稿マシンと化しています。いつのまにか一日一記事を自らに課すようになりました。それから英語のリスニング。CNNのポッドキャストを聞いてます。あとはWiFiで接続してMailチェックとGoogleニュースのブラウズ。IT Mediaのニュース配信。それから音楽。ビデオはほとんど見ない。産経新聞も当初ほど読まなくなりました。読んだことがある人には分かって頂けると思いますが、目が疲れるからです。真剣に読むなら紙を買った方がいい。
滞在時間でいうとまずCNNがトップです。聞き流していることが多いのですが、とにかく長時間流しているという意味では一番に違いない。はっきり言って仕事で英会話が必要になることはまずありません。マニュアル、ドキュメントを読むのに英語は必須ですけど。リスニングはただの訓練です。徐々に(本当に徐々に)意味が分かってくるのも楽しい。
次に音楽。これに関しては特記事項はありません。それからブログ草稿打ち込み。ToFUEditerを使っています。付属のメモ帳より安心して使えます。簡易ですがファイラ機能が嬉しい。上書き保存時の確認プロンプトが3回も出るのは不満ですが、枝葉の話。逆に他の機能にはかなり満足です。通勤中は大体このエディタに日本語を打ち込んでます。
メール。添付ファイルで少し不自由しますが、使えるだけでありがたい。GmailならpdfもOffice文書もそれなりに見られます。モバイル環境としてはまあ十分といっていい。
それから情報収集。iPodだと、どうしてもヘッドラインの収集になりがちです。じっくり長い記事を読むのはつらい。新聞やPCで情報収集するよりは断片的で浅くなるものの、まあモバイル環境ならば断然合格点でしょう。その気になればちゃんと読めますからね。
番外ですが、フリック入力はいいです。もうこれに慣れると普通の携帯には戻れない。
前にも書きましたか、WiFiはNTTのサービスMzoneを契約しています。月に1,525円固定。首都圏の地下鉄ならびに主要な私鉄の駅をカバーしています。通信品質もかなり満足です。電車の待ち時間にメールやニュースのチェックができます。わざわざ駅に行く必要はありますが、不便かと聞かれれはそうでもない、と答えます。勤務先と駅が近いのて、ちょっと席を外せば大丈夫。
iPhoneに魅力を感じるか、と聞かれればそうでもない、と答えます。WiFiだけではなくパケット通信もできるのは魅力ですが、いかんせんランニングコストが高い。Mzoneで十分。カメラはわりと魅力的ですがそのために毎月固定費を出したくない。
もし私がブログを書いていなかったら?iPod持て余してたかもしれません。この手のギミックが好きで、ネットでの交流が多い人ならアリです。音楽プラスネットとメールが少々。但しWiFiの契約が別途必要。クセはありますが、かなり魅力的なツールだと思います。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/bpnet.cfm?i=2009102306481dl&p=1
ベーシックインカムとは何か。詳細はリンク先を見ていただければいいのですが、オレ、忙しいからリンク辿って読む暇がない。三行で済ませてくれないか、という人のために簡単にまとめると、働かなくても生活できる最低限レベルの金を日本国民全員に配ってしまえ、というアイデアです。その代わり、医療補助とか、行政サービス、年金も生活保護も無しか削減。
非常に面白いアイデアです。金という概念をガラリと変えてしまうでしょう。働かなくても、生きているだけで金がもらえる。仕事をしなくても、とりあえず生きては行ける。そうなった時、人はどうなるのか。
仕事なんぞバカバカしい。と細々と暮らしながら金のかからない趣味に走るのか。それとも、やはり私は社会に貢献したい、面白いことをやってみたい、と仕事に励むのか。或いは別に税金で取られてもいいから、めちゃくちゃ稼いでみたい。どう振舞うか人によって全然異なってくると思いますが、確かに面白いことになるような気がする。
仮に18歳以上に一人10万支給されたとしましょう。どうなるでしょうか。
いいねえ。これだけ支給されたらさっさと引退するかな。温暖な気候の田舎に土地でも買ってさ。妻と隠居生活。でもまだ早いな。もう少し働いてお金を貯めておくか。
あるいは意に染まぬ仕事をしている人なんかは、即座に会社に辞表を叩きつけるかもしれませんね。給料なくても暮して行けるとすればこんな仕事やってらんねえや。
何のために仕事をするか。かつてドラッカーは言いました。知的労働者(ナレッジワーカー)にとっては仕事そのものが報酬だ、と。キレイごとっぽいですが、まあ正しい気はしますね。実感として。とすれば、やりがいのある仕事が人気になるでしょう。
会社側はどうなるか。地味な仕事には人が来なくなるでしょう。高給で釣ろうにも金にあくせくしなくていいわけだから(おそらく税金も高くなる)、あまり効果はない。人手不足で淘汰される企業も出てくるでしょう。そうなると。。。この辺からは風が吹けば桶屋が儲かるの世界ですから、いかようにでもストーリーは作れるのでこの辺にしておきましょう。
こんなことを言うと反感を買うか、キレイゴトを言うとバカにされるか、あるいは頭がオカシいんじゃないかとおもわれるかもしれませんが、はっきり言って、この世の中金だ金だとうるさいんですよ。たかが金じゃないか。金のために自殺したり体売ったり寿命縮めたりね、もういい加減にしろ、と。そんなに大事なものなら皆に配ってしまえ、と。
金は大事だ。これは確かにホンネです。でも、金ごときに振り回されたくない。これもまたホンネじゃありませんか?金のために白を黒だと言ったり、意に染まぬ仕事をしたいですか。金が全てだ。本当に心からそう思うなら、プライドも友人も家族も捨ててどんどん汚い仕事をすればいい。でも、それができる?金も大事だ。でももっと(あるいは同じくらい)大事なものもあるはずでしょう。
もしベーシックインカムが実現したら、胸を張って「金より大事なものがある」と言えそうな気がしませんか?そう言える人に誇りと尊厳を感じませんか?
あんたが言ってるのはジョン・レノンのイマジンの世界だ。絵空事だ。そうかもしれません。でも、ジョンと同じナイーブさと希望を、私は失いたくないと思います。
・・・・。でも意地悪な気持ちも少しありますね。ベーシックインカムが実現したとしてどうなるか。怠惰と無気力が蔓延するか。あるいは逆に人としての誇りが勝るか。金の格差ではなく精神の格差が広がったりして。それがどのようなものかはわかりませんけど。
人間の本性にはあまり期待してませんが、まあ、とにかく、ぜひ実現して欲しいと思います。ベーシックインカムのある社会。今よりはマシな風景が見られる気がします。
晩秋、冬、早春の風物詩、夜間発酵パンです。でも、去年ほどの情熱はなし。二年目のアンニュイ。倦怠と書いてアンニュイと読ませたい。でも焼き立てパンを頬張る予測はアンニュイすらを吹き飛ばします。眠いのを押し切ってパンの仕込み。
翌朝。過発酵かな?と見えましたが、問題なしでした。
ちょっと砂糖を多く入れすぎて甘く仕上がってしまった。ご飯パンというよりおやつパン。妻と小さい子には不評でした。残念!おやつには喜んで食べてたけどね。
それからじゃがいも、ニンジン、ウィンナを低温のEVオリーブオイルで煮て、卵を投入したオムレツ。美味い。EVオリーブオイルはもうヤケクソでたっぷし頂くのがコツですよ。それが一番美味いし、多分体にもそんなに悪くない(はず)。カロリーのことは知らん。
夜は小松菜炒めと昨日の残りのおでん(妻謹製)。美味かった。小松菜はそのまま炒めても美味いのね。小松菜=おひたしという固定観念は捨てなければ。オリーブオイルとにんにくと炒めたら美味かろう。
昼に妻の実家に行って疲れたせいか、夜は爆食気味でした。いやあ、だいぶ慣れたんですけどね。結婚して10年経ちますが、まだまだ妻のご実家では緊張する模様。
筋子は美味い。美味いですよ。さすが旬。魚卵?別に?さほど。魚卵がどうかしましたか?と思っていた私ですが、筋子からの手製イクラしょうゆ漬けは別格です。市販のイクラはあまりに高い。グラム1,200円ってのを某安売りスーパーで見ました。でも筋子ならグラム300~400円程度。4人家族でたっぷしのいくら丼食べても2,000円未満。安くはないよ。でも、外で食べたらどんなことになるか。サービスランチ鮭いくら丼900円の店で4人で食べたら3,600円でしょうが。つーか値段なんかどうでもいいくらい美味い。しかもたっぷし。
おう。素晴らしい。
熱めのお風呂(42度)くらいの塩水で洗ってしごいたりほぐしたり。バラして煮きった酒みりん、しょうゆに漬けます。
30分も経てばもう美味いこと間違いなし。画像はありませんが、別途生鮭を焼いてます。鮭イクラ親子丼にするつもり。
あとはかぼちゃの煮物とほうれん草のおひたし。
鮭いくら丼はもう最高に美味かったです。イクラのこってり、生鮭うす塩焼きの淡白で旨みが奥に隠れた蛋白質。口の中で混ざるともうウマーですよ。そこんとこに白いご飯をかっこんだ日にゃあ、もうダイエットも何も知らんってなもんですよ。とにかく大変おいしゅうございました。
料理写真がダブついて来てます。ある朝ジャーマンポテト風を作りました。

イモを茹でて軽く潰し、ウィンナとにんにくを刻んで低温のEVオリーブオイルで炒めます。
最後にイモとウィンナ、にんにくを和えて、黒胡椒、塩で調味。美味いっす。
EVオリーブオイルはマリネとかドレッシング用だな、とか思ってると何となく使いにくくて、3ヶ月ほど出番がなくて放置したら酸化して微妙に臭くなって、捨てるのも忍びないし、何となく困った感じでむりやり炒め物とかで使い切るタイプの食材ですが、これはもう思い切ってダブダブ使うに限りますよ。ただし低温で炒める(むしろ油で煮る)のがお約束。油を摂取する罪悪感はこの際無視。だってオリーブオイルだからね。少なくともエコナよりは体にいい。いやホント。