2009年10月15日木曜日

養老孟司「養老訓」新潮社

★★★★☆☆:養老さんは面白い

まっとうなことばかり書いてあります。全くおっしゃる通りと同意するばかり。平易な文章ですが、書いてあることは結構深い。簡単に要約できるような本ではありません。

ひとつ個人的にヒットしたこと。最近の人間は規則さえ作ればなんとかなると思ってないか。規則なんか作ったところで、必ずこぼれるものが出てくる。それを何とかしようとすれば、さらに下らない規則が出来るばかり。コストがかかるばかり。規則でしばるより、いっそのこと人間を信用したほうがいいんじゃないか。

最近のセキュリティがらみの規則にうんざりしている私としては、もうその通りですよ、と激しく同意するばかりです。しかし残念ながら時代は養老氏の警告とは逆の方向に向かっています。規則やルールでがんじがらめの、息苦しい社会へ。

どうしてこんなことになってしまったのか。養老氏によれば、日本社会共同体とでもいうべきコミュニティが崩れてきているからだ、とのこと。長い付き合いを前提としたコミュニティであれば、そうそう悪いことはできない。悪いことをする奴がいると、それは共同体の迷惑だから、仕方がないので皆で文句を言った。でも、最近は共同体が無くなり歯止めが効かなくなってしまった。一人だけ儲けて逃げるとか、勝ち組とか、そういう感覚も最近のものである。共同体の中で長期的に生活するという感覚があれば、一人だけやたら金儲けをしようという発想も出にくい。共同体の消滅と共に短期的かつ利己的な発想をする人間が増えてきた。

多少強引な気もしますが、だいたいのところは受け入れられる話です。地域共同体というものが崩壊した結果、短期的な利害が社会、会社、人間関係に入り込んでしまっている。その結果ひとの迷惑や長期的な利益を考えない短絡的な行動がはびこるようになる。しかたがないから規則を作って利己的な行為を禁止するしかない。いや、利己的な行為だけならまだいい。ルールが制定されると、そのルール自体が目的となってしまう。少しでも抵触する行為は禁止。ルールは細分化され、どんどん厳しく、そしてバカバカしくなるばかり。もちろん罰則は厳格に適用。例外は認められない。息苦しい世の中です。自由主義の行き着く先は厳しい規制であったか。

養老孟司氏の分析に私が付け加えることがあるとすれば、規則大好き人間の存在をでしょうか。ルールや規則が大好きなヒトが多いんじゃないか。そしてそのようなヒトに限ってやたら声がでかいというか、規則を盾に声高に叫ぶヒトがいる、そんな印象があります。

何でまた規則なんてやっかいなものが好きか。思うに何も考えずに従っておけば安心だ、そんな幻想がありそうです。規則に従えば何とかなるだろう。その場その場の微妙な意思決定も不要だ。だって規則に従えばいいんだからな。もし上手くいかなかったとしたら、規則に従わなかった奴のせいにしてしまえばいい。とにかく規則にさえ従っていれば、リスクはない。おまけに規則を制定、運用する立場になればこれほど楽しいことはない。なぜなら、それはほとんど権力そのものだから。

ここで私は意地悪くこんな定義を思いつきます。ルールとはなにか。小心者の権力欲。あるいは小心者の思考停止である、と。

もちろん、規則の適切な運用が奏功して良い結果をもたらすことだってあるでしょう。でも私は、基本的に規則とは責任回避と思考停止のツールであると考えます。

思うに、規則とは単なるベストプラクティス以上のものであってはならない。規則を盾に誰かが声高に人を糾弾したり、爪はじきにするようなものではない。規則は人のためにあるのであって、人を押しつぶすためにあるのではない。センチメンタルな理想論かもしれませんけどね。

規則を立てれば楽になる。でも、そこには思考停止というワナがある。つまり、杓子定規な判断に逃げてしまうというワナ、それから規則を盾に人を糾弾してしまう、というワナがある。そのことに気をつけないと、規則は単に生産性を低めるだけだと思います。

それから中心にあるのは規則ではなく、あくまで人間なんだ、ということです。人間より、本来の目的より規則が優先されてしまうのは本末転倒です。足かせをつければ生産性が下がるばかり。確かに古き良き共同体は消滅したかもしれない。でも、人間への信頼を失ってはどうしようもないと思いませんか。また、周りに短期的利益を追及するような行為ばかりが目立つとしても、必ずしもあなたまでそのように振舞う必要もありません。もう少し人間を信頼したらどうか。人を信頼できる社会を作ったらどうか。人を信頼してバカをみた人がいたとしても、温かく見守ったらどうか。社会からはそんな余裕すら失われてしまっている気がしてなりません。

ちろん、振り込め詐欺にやたら引っかかるわけにもいきませんけどね。なんだかイヤな世の中になったなあ。

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