電車の窓から外を眺める。快晴だ。海が近づいている雰囲気がする。乗客も少なく、とても気分がいい。雲と稲の生い茂る田園風景が車窓を流れて行く。目的地は沖縄。仕事があるのだ。一時間ほど電車に揺られて、海辺の町に到着する。
わりと大きな港があって、錆びたトタン屋根の、大きなバラックがいくつも立ち並んでいる。水揚げした魚の加工でもするのだろう。出刃包丁で魚の頭を落とし、はらわたを掻き出すのだ。仕事をしているのはこの町のおばさんたちだ。私は彼女たちの作業を想像する。空想の中のおばさんたちはとても手際がいい。
海の上には長方形の錆びた鉄板が綺麗に並んで浮かんでいた。畳一枚ほどの大きさで連なっている。沖の方に小さな島が見える。鉄板の並びはその島まで続いていた。この上を歩けば島までたどり着けそうだ。私はあの島に用事があるのだ。何の用事だったかは忘れてしまったが、いずれ思い出すだろう。とにかくあの島に行かなければならない。
港で網の手入れをしていた漁師に念のため聞いてみたら、鉄板に乗っても大丈夫だ、と教えられた。でも空はもう薄暗い。これから鉄板の上を歩くわけにもいくまい。何しろ海の上を歩くなど生まれて初めての経験だ。
明日島に行くことにして、酒を買いに出た。軽く呑んで眠ろう。せっかく沖縄にきたのだから。酒は浜辺で売っていた。砂浜に棚が置いてあり、酒が並んでいる。遠くに店の灯りが見える。あそこで精算するのだ。月明かりに海の波が照らされている。私は棚の前でサントリー・オールドにするかジョニ赤にするかでひとしきり悩んでいる。
翌日、鉄板の上を歩いて小島に向かう。朝なんだか昼なんだか分からない。うす曇りの天気だ。少し波で揺れるが、かなり安定していて歩きやすい。下を覗いてみると、鉄板の裏から綱が海底に延びているのがわかる。海底まで光は届かないが、どうやら何かと結び付けられているらしい。綱には海藻が絡み付いている。竿をだせば釣りもできるだろう。
しばらく歩くと島までは思ったよりも距離があることが分かる。何の準備もなしに歩くのは危険だ。私は途中で引き返すことにした。装備と情報が不足している。だいたい鉄板を渡って島まで歩くなんて聞いたこともない。もう一日様子をみよう。
次の日。私は海にもぐり、泳いで鉄板の脇を観察する。水中から海面を見上げると、鉄板がぷかぷかと海の上をたゆたっている。しばらくの間私は鉄板の脇を泳ぐ。すると突然、鉄板がある方向にむかってじわじわと動きだす。潮の流れに押されて次第にそのスピードは早くなり、見る間に早足で歩くほどのスピードになる。綺麗に整列して一方向に流れる赤茶けた鉄の板。そうか。入り江に格納されているのだ。そして入り江にキチンと片付けられるのだ。私は鉄板を避けながら泳ぐ。避けられないほど速いスピードではない。泳ぎながら私は考える。今はまだいい。でもサメが襲って来たら鉄板の上に飛び乗らなければダメだな。私はその時に備えて全身を引き締める。でも。と私は考える。鉄板を噛み砕くほどのサメが来たらどうしたらいいだろう。到底逃げおおせることはできないだろう。でもまあ、その時はその時だ。なんとかなる。