2010年1月20日水曜日

アルマン・マリー・ルロワ 上野直人監修 築地誠子役「ヒトの変異〜人体の遺伝的多様性について」みすず書房

★★★★☆☆:面白いが遺伝子原理主義には注意

原題はずばり「ミュータント」。人類の歴史に現れた突然変異や最近の分子生物学の実験の成果を紹介しつつ、個体としての人間がどのように発生しているのかを説明している本です。

例えばナントカという症状があって、それはカントカという物質が体内で生成されない人が発症する病で、なぜ生成されないかというと遺伝子がドウコウしているから。云々。そしてその遺伝子を持つ人は何万人に一人。

まあ何というか気の滅入るような本でした。とにかく全体を貫く決定論的なトーンがやれやれという感じ。どういうことかといえば、ヒトは生まれた時に遺伝子によって将来が決められているのだ、例えばXXという遺伝子を持つヒトがナントカ病にかかる確率はXパーセント、みたいな。いや、そんなにはっきりとは言ってませんけどね。とにかく人は誰でも、大なり小なり突然変異を持っているのであって、まあ無事に生きられるのも単なる偶然。宝くじに当たったようなもの。やれやれ。と、ここまでいうと言い過ぎかもしれませんが。

呆れたのは最後の章。美について語っているのですがその内容のまた貧相なこと。いわゆる美人、美男というのは平均顏であるというのが定説なわけですけど、それを根拠にして美とは突然変異を免れた偶然への憧れではないか、とのたまう。ああ。何というか貧しい発想か。じゃあ音楽の美は何だ。大自然の美は何だ。ピカソの美は何なんだ。

確かに分子生物学の成果は教養とし大事だとは思いますが、この本を書いた人はあまり生真面目に過ぎるようです。うつ病一歩手前じゃないか、とすら思いましたね。

多分、この人は分子生物学以外のことは見えなくなってるんじゃないか、そんな気がします。社会で苦労してい生きてる人にとっては、うん。遺伝子の話は分かった。確かに面白い。でも、だから何なんだ。それがどうした。オレの給料上がるんか。子供が幸せになるんか。そういう感慨がわいてくるんじゃなかろうか。

役に立たない学問などいらない、そんな低レベルのことを言ってるわけではありません。将来、遺伝子治療が難病を直す可能性だってあるしね。そうじゃなくて、人生というのはさまざまな観点から捉えられるべきものではないか、と。人生が遺伝子だとかホルモン物質で成り立ってるわけじゃありませんから。科学的思想に凝り固まってると、人生の機微を見失うことになると思われます。まあ、逆にいえば人生なんてのはフィクションだ、そんなことも言えなくはない気もしますけど。

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