2010年2月6日土曜日

小金井公園、チキンカツ丼

最初は山に行く予定だったんですけどね。先日雪が降ったもんで。東京近郊の山の状況を妻がチェックしたら、軒並み積雪10cm以上とのことでした。雪が積もると、もう登山の難易度が跳ね上がりますからね。ムリ。

というわけで平地にピクニックに行くことにしました。

で、小金井公園に行ってみたんですが、広々として気持ちのよい公園だったんですけど、とにかく風が強くてね。寒くて。

とにかく寒々しくて、大変でしたよ。

おー寒。

これは江戸東京たてもの園。千と千尋の神隠しのモデルになったとかならないとか。この写真のたてものじゃありませんがね。

あー。寒かった。でも子供にとっては強い風もまた楽しからずやって感じらしい。

帰る途中、タイヤキを買い食いなんかしたりして、何とか家に帰りました。たどり着いた家の暖かかったこと。

で、チキンカツ丼。しっかり出汁をとって、

ミズナを入れます。これは味噌汁用。

別途取り分けた出汁にタマネギとしょうゆ、みりん、砂糖を入れます。参考にしたのはcookpad

グラム65円の鳥胸肉を観音開きにして塩コショウ。

小麦粉まぶして

らん液まぶしてパン粉をつけます。

揚げ焼きして完成。

出汁を暖めて、卵をゆっくり流しいれます。

チキンカツを切って、


ご飯に乗せて、卵出汁をかけてチキンカツ丼完成。美味かったもんねー。

きのこチキンクリームパスタ、アスパラポテサラ、雪だるま

そうそう。2月3日に雪が降りましたね。

会社から帰ると、娘と友だちのエリちゃんと作った雪だるまが玄関先においてありました。残念ながら翌日には消えてましたけどね。

エリンギ、アスパラ。って見たまんまやないかい。

ほうれん草。

ポテサラ用。じゃがいもとニンジンを茹でまっせ。

鳥むね肉を刻んで

しめじ、エリンギ、タマネギを切って、多めのバターで炒め、

小麦粉大さじ一をなじませた牛乳を投入。温まったら鶏肉を投入。最後にほうれん草を投入。

アスパラポテサラ。アスパラは結構強力です。肉なみに味を決めてくれますね。

完成したホワイトソースに

パスタを投入。美味かったです。


ポトフ

そうそう。確か「かいじゅうたちのいるところ」を見た日の料理ですよ。豚のかたまり肉が安かった。

タマネギ、ローリエ、豚肉をひたすらゆでます。

あとはキャベツとミズナを投入。くったくたになるまで煮ます。確かチキンスープの素も入れました。

じゃがいもは1時間も煮込めば溶けてしまうので別茹で。

二時間煮込んで完成。豚肉ホロホロで美味いんだな。これが。

シルバニア遊び、煮豆

一晩水に漬けた白いんげん豆。

翌日、砂糖で甘く煮付けます。美味かったけれども、私は金時とか黒豆の方が好みですな。クセがあった方が美味い。でも妻の意見は逆でして。むむ。

シルバニア遊び。USA仕様のシマ猫赤ちゃんを、割り箸+洗濯バサミのギミックで遠くに飛ばします。

効果音はバブバブーイ。なんと無体な遊びか。

以上。

トヨタ社長の会見

「崖の上のポニョ」をメインにテレビザッピングしてたら、ニュースステーションでプリウスのブレーキ問題についての豊田章男社長の会見を見たわけです。

何となく耳に残った言葉。「今の時期に、この私が出てきた理由は何かと申しますと」・・・。

あれ?

この私。ほかならぬこの私。このやんごとなき豊田家の直系の私が恐れ多くも下々の民衆の媒体たるマスコミの前に顔を出したその理由。マスコミのスポンサーとして、絶大な情報操作を行いうる、トヨタの社長。そのわたくし。

はぁ?おまえ誰だよ。トヨタの社長?豊田喜一郎の孫?そうですか。へぇ。だから、何だよ。

下々の私にもそう言う権利はあるわけだよね。

おっと。感情的になってしまった。

まあ別に張り合う気なぞありませんがね。絶対に勝てないのは分かってるし。誰も私の味方にはならない。

でもなんというか、正直この言葉に世襲がイケない理由が現れているような気がしましたね。

豊田喜一郎がこの言葉を聞いたら何と言うか。知ったこっちゃないですけどね。でも私ならこう言うな。ナニサマだ。黙ってろ。と。

正直、プリウスのリコール問題は騒ぎすぎだと思う。業種は違えども同じエンジニアとしてはね。あのくらい「問題」じゃないでしょう。レクサス(?)のスティッキーガスペダル(アクセルがフロアマットで戻らなくなることをCNNでこう言ってた)と時期が重なったのが運が悪かったと思う。しかし、この社長の言葉はイケてないね。幼稚さすら感じたし、このヒト何かの勘違いしてるのでは?とも思った。

トヨタが奥田なんちゃらの次の社長に豊田章男を立てたのは、危機の時代に豊田家直系のリーダーとして、その求心力に期待したからだという日経の記事を覚えています。そんなもんかね。と思いましたが、今はただ「危機の時代には真の力量を備えたヒトが活躍するが、平時には世襲の地盤看板を持った人間が幅を利かせる」という旨のマキアベッリの言葉を思い出すばかり。

諸行無常ですよ。

2010年2月4日木曜日

久米邦武編著 水澤周訳「特命全権大使 米欧回覧実記 〜1アメリカ編」慶応大学出版局

★★★★☆☆:志のあった日本人。読む価値あり

19世紀後半に大使として海外に派遣された、日本の一大外交団の日誌です。これが地味に面白い。

久米さんの問題意識は、今後日本という国が生き延びるためには欧米列強のよいところをどんどん吸収して発展して行かなければならない、という点にあります。そうしなければ日本は植民地化され、属国化してしまうかもしれない、という強い意思もそこには含まれている。

でもって、彼は彼なりにアメリカの現状を観察し(一巻)、考察を加えているのですが、これがいいのですよ。まっとうに是々非々で考えていて、当然久米さんの知識の限界や当時の時代制約はありつつも、アメリカのいいところ、悪いところ、特徴はなにか。日本ではどうすべきか。きちんと考えている。バランス感覚がいい。古びない。

例えば、以下のような記述がありました。(正確ではありません)いわく、

アメリカはイギリスとの独立戦争を経てから王権制や君主制に対する強い反感を持っている。彼らの徹底した民主主義信奉はそこから来ているが、その結果(いろいろあって)金持ちや有力な市民が政治に影響を与えるなど、若干の腐敗も見られる等々(書いててかなり自信がなくなりましたが、要するにしっかり見ているなあ、ということです)。

あるいはキリスト教や既成宗教を手厳しく批評するところとか、非常に興味深い。

天才的というわけでも、斬新でもないんですが、明治の日本人が見た当時の欧米というのは興味深いの一言に尽きます。

さっきから興味深いとか面白いとか伝わらないことばかり言っていて恐縮ですが、この地味な面白さというのはなかなか伝え難い。一巻だけ読んで終わりにしようと思っていたんですが、全巻読破するつもりになっています。

2010年2月2日火曜日

マックス・ウェーバー「職業としての政治」岩波文庫

★★★☆☆☆:まあまあ。現代性もある

政治家になりたい人、政治家と関わる人にとっては必読の本かもしれません。政治を職業とするということは、とりもなおさず私利私欲と公的な利害とのバランスをつけることであり、うまくやって行くためにはセンスが必要となります。日本のマスコミでは、政治家と金との関わりを蛇蝎のように嫌うトーンの記事が多いわけですが、そんなに簡単な話じゃあなかろうと私は日々思っており、ウェーバーもその辺かなり現実的な捉え方をしております。いや、別に当たり前のことだと思うんですよね。もちろん金権汚職政治を認めるわけじゃないけれど、グレーゾーンは絶対にある。そこをどう解釈するか、意見は分かれるはず。

まあ、基本的に斜め読みでしたがね。政治家になるつもりもないし、こちらから積極的にお近付きになりたいわけでもないので。

一つはっとしたのは、国家の裏には暴力があり、国家は暴力を正当化できる唯一の機関だ、という旨のルカーチの言葉です。ああ。そうだろうな。植草一秀さんのことを思い出すまでもありません。国家と選挙権を持つ人との間には、常に緊張関係がなければヤバイな、と思いました。

「かいじゅうたちのいるところ」見た

日曜日のこと。本当はハイキングに行く予定だったのですが、体調がいまいち優れなかったのでやむをえず中止としました。収まりがつかないのが子供たち。楽しみにしていたハイキング。泣くやら寂しそうな顔をするやらもう大変。しょうがないので金が多少かかってもいいから、と映画に行くことに。

昼食時、狭いベランダで山用ストーブとクッカーを並べ、インスタントラーメンを作ってやってなんとかご機嫌を取った後、見に行ったのがこの映画。何度か読み聞かせをしていたので原作は知っています。あのシンプルな絵本をどうやって90分の映画にもって行くのか。はたしてアニメ以外に免疫のない長女はこの映画に耐えられるか。次女は着ぐるみに怯えてしまうのではないか。

結果。子供たち問題なし。長女は感動したとのこと。次女は怖くて少し涙をこぼしていましたが最後まで鑑賞。私はといえば、なるほどねえと感心。そうきたか。見事。あのストーリーの背景にある子供の熱狂と不安、そして気持ちの揺れを見事に描いています。家族の描きかたも子供の描写も見事でした。子供がリアルでしたね。ああ。そうだ。子供ってこうなんだよなあ。

子供はいつだってかまって欲しいし、親に甘えたい。家族が大好きだから。でも親は仕事だとか人間関係にかまけて十分にかまってはくれない。姉ももう外を向いていて、小さい弟とは遊んでくれない。どうしてだろう。こんなに大事な家族なのに。どうしてみなお互いにもっと仲よく楽しく暮らさないんだろう。親にとってはかわいい子供。愛情だって注いでいるつもりです。でも子供からみればいつだって足りない。だから反抗する。どうしてお母さんはわかってくれないんだ。どうしてそんなどうでもいいことにとらわれてるんだ。もっと家族を、僕を大事にしなきゃダメなのに。でもお母さんにだって事情があります。仕事をしなければ食べていけないし、大事な人間関係もある。社会と関わって行かなければ暮らしていけない。姉はもう子供っぽい弟に構っている時間はない。友だちも大勢いるし、ボーイフレンドもできた。でも子供にはそれが分からない。分からないからひどいことを言う。狂ったように暴れる。一人で無茶苦茶に遊ぶ。

家族を愛してやまない子供と親、そして家族から羽ばたこうとする姉との葛藤が、あのかいじゅうたちのファンタジーだったのです。どうしてこうなったんだ。なんで皆仲よく暮らさないんだ。かいじゅうの叫びは子供の叫びです。かいじゅうたちの葛藤は家族の葛藤です。そしてかいじゅうたちのファンタジーを通して子供はいやされ、大人になっていく。原作の雰囲気を残しながら、深い洞察もそこに含まれています。非常にいい映画でした。お見事。

とベタ褒めで終わりたかったのですが一つ問題が。

この映画、とにかく画面が揺れるのですよ。全編を通して手で撮影している様子。急きょ映画に行った関係で良い席が取れず、私は子供と離れて最前列で見たのですが、はっきり言って眼が疲れた。だってほぼ全視界が始終グラグラグラグラグラグラグラグラしてますからね。もうたまらん。少し気持ち悪くなりました。幸い子供たちは微妙に離れた席だったためか無事だったもよう。私から二つ離れた席の小学生くらいの女の子も顔を手で覆ったりひんぱんに姿勢を変えたりしていたから、おそらく年のせいではあるまい。この映画を観るときはなるべく良い席をおすすめします。

2010年2月1日月曜日

iPad!

第一印象。オラオラ欲しいんか。欲しいんやろと言われれば欲しいと答えますね。これは買ってしまっているだろうなという不思議な未来完了系の感想をおぼえる魅力的な佇まい。だが。果たして買うメリットはあるのか!

以前モバイル通信手段の購入を検討して若干の失敗を納めたその教訓。デジタル系のガジェットを買う時にはそのポテンシャルを買え。現在の延長で考えるな。すなわちそのツールは何かしらの生活の変化を引き起こすはず(引き起こさないなら最低限のものでよい)。その変革後の世界を想定し、買うかどうかを判断するのだ。

といっても未来なんか分からないですよね。というわけでさしあたり現在の延長から考えてみる。iPad。まず重いっすね。700グラム。立って使うのは厳しい。電車の中で立ってる時に取り出すか?取り出さないと思うな。大きさ。うん。WEB巡回するのに良さそう。電子書籍は?コンテンツ次第ですね。マニアックな人文系学術書が読めると好印象。後はDVDとか見られればいいんですけどね。自分でエンコードすればいける?ちょっと面倒くさいな。あと覗き見防止スクリーンは必須ですね。それはすぐにでも発売される気がする。

さて、iPad。私の生活に何らかの変革を起こすだろうか。うーん。正直疑問。Word、Excelを今よりストレスなく開けそうなこと、それからWebが見易くなるであろうことは期待できますが、それで何か変わるかな。うーん。変わらない気がしてきたぞ。iPodで十分。そんな気がしてきた。まあアプリ次第ですけどね。3月まで状況注視です。