彼に車で拾ってもらうことになった。私は大きな商業施設の広場で彼を待っている。なんだか見覚えがある場所だと思ったら、吉祥寺東急の前だった。冷たいタイル貼りの地面に、ぽつりぽつりと細い円柱が見える。吉祥寺にしては人通りが少ないな、と私は思う。
彼が現れる。相変わらずエネルギッシュだ。再会の挨拶もそこそこに、彼の友人のバンに乗りこみライブハウスに向かう。車中は広々している。バンというより小型のバスだ。車中で私は尿意を催す。少し焦りながら、ライブハウスについたらまずはトイレに行かなければ、と思う。
信号待ちをしていると、外からわめき声が聞こえてきた。窓から覗くとサラリーマン風の男が、われわれの前で止まっている信号待ちの車に向かって早く進めとわめいていた。半分「キレ芸」のような怒り方だったので、大して気にならなかった。本気で怒っているわけではないのだ。
ライブハウスに到着した。私はすぐにトイレ向かった。廊下の壁沿いにトイレのドアがある。ライブハウスというより場末の映画間のような雰囲気だ。床はリノリウム貼りで、清潔ではないが不潔な感じもしない。トイレのドアを開けると、顔がごつごつと腫れあがった男が二人、床に座りこんでいた。青い顔は内出血の色のようだ。でも痛がっている様子は見えない。ただ静かに、諦めたように座っているだけだ。トイレの壁沿いには小部屋がいくつもある。床との間に隙間があるため、部屋それぞれに人がいて体育座りしていることが分かる。十人ほどいるようだ。二人をなぐったのはこの男たちだ。尿意はもう消えていた。私は静かにドアを閉める。トイレを出ると自分の足が汚れていることに気がつく。茶色い液体のようなものを踏みつけたのだ。そのことが私に恐怖にも近い感情を引き起こす。私は必死で足の汚れをリノリウムの床にこすり付け、取ろうとする。
「演奏の上手い奴らはトイレで散々殴られるんだ。嫉妬だろうな」と友人が当たり前のように言う。
場所が変わり、私は友人のバンドの演奏に立ち会っている。ライブハウスというより屋外だ。いや。吉祥寺東急の前だ。間違いない。いつの間にか待ち合わせ場所に戻っていたのだ。友人のバンドのはずだが友人は見当たらない。私の知らない女の子が歌っている。しかし演奏は全く耳に入らなかった。何も聞こえないのだ。何か歌っていることは確かだ。でも何も聞こえてこない。
そこにライブハウスの主人らしき人が来た。顔馴染みらしい客に挨拶をしたりスタッフに指示を出したりしている。私の手元に古新聞の束が二つあった。重い束だ。私はライブハウスの主人に古新聞の捨て場所を尋ねた。「倉庫に置いてください」と主人が答えた。私は古新聞を持って教えられた場所に向かう。主人が私の運び方を褒める。「腰が入っていてよろしい」とのことだ。私は何も考えずに古新聞を運ぶ。指示に従うことにはすっかり慣れているのだ。
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