悟りという事は、如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、
悟りという事は如何なる場合にも平気で生きる事であった
正岡子規の言葉です。
心配だ心配だ。何が心配だ。
究極的には死を心配しているケースが多い。
そうやって心配していると、生がおろそかになりますから。
生をおろそかにしてまで、死を見つめててもしょうがない。
死ぬまでは確実に生きている。
だったら、死ぬその瞬間まで、とにかく生きるしかない。
一瞬一瞬を無心に、全力で生きる。
ま、難しいですけどね。
でも、挑戦するのは実に簡単。気がついた時にやってみればいい。それだけの話。お金も一切かかりません。
駄目モトで挑戦。
れっつ悟り。
(後記)
気がついたら、もう正岡子規が年下だ。ありゃりゃ。
こりゃ、頑張って全力で生きねば、申し訳なさすぎる。
0 件のコメント:
コメントを投稿