2009年6月16日火曜日

アリストテレス「形而上学」岩波文庫

★★☆☆☆☆:教養ですかね。しかも余分な

まあずいぶんと昔の本です。しかし非常に興味深い。

どこが興味深いか。やはりアリストテレスはちゃんと考えた人だってことがよく分かる。思考が徹底していますね。雑じゃない。なぜ考えるか。何を考えるか。どのように考えるか。簡単にバサッと切り捨てない。ちゃんと詰めて詰めて考えている。本質と属性とか、矛盾律と排中律とか、日本語にしてしまうといまいち古臭い概念や方法を使っているのですが、何というか対象や具体例に沿って考えられている感じがする。アルケーとかエイドスとかいったギリシャ語の平仮名表記から古代ギリシャに生きた哲人の息使いとともに言葉の力が伝わってくる気がする。

この本の最初の方に、実用的には学的認識=方法論=テクネー(技術とか訳されてますが)よりも経験(エンテレケイア)の方が優れていることを認める箇所があります。もちろん最終的には学問的な知識がより一層物事の本質を説明するがゆえに優れている、という主張に結び付くのですが、そうは言っても例えば病気そのものが存在するわけではなく、存在するのはあくまで具体的な個々のは患者だ、などという箇所もあって、学問的認識は経験より上位のものではあるが、より有用とは言えない、という考えが見て取れます。そこから私は抽象的な知識=学問に拘泥することにアリストテレスが持っているであろう(憶測)若干の後ろめたさを感じましたね。

とにかく徹底して考えていて、息苦しささえ感じます。なるほど。西洋人の考える「論理」とは、これほど強制力があるものなのか、と思います。また、これを読むとアリストテレス以降で何かが大きく変わったんだろうな、と見て取れます。ソクラテス以前の思想家やプラトンでさえもアリストテレスに比べればほとんど神話を語ったに過ぎないのではないか。

でもやはり息苦しさはありますね。まさにガチガチの科学的態度。西洋人のメンタリティここにありって感じで。いや、西洋人だけじゃないな。ロジックやら規則やら法則を「こうでなくちゃならない!」と盲目的に信じる人を前にした息苦しさに近いものも感じます。なぜだろう。アリストテレスは決してそんな人ではないはずなのに。

たとえばこの人は徹底的に矛盾律や排中律の妥当性を訴えている。しかし、物事ってそんなに簡単に割り切れないよな、と私なんかは考えてしまう。たとえば人間は男であるか女であるかのいずれかである。生物学的にも社会的にもそんなに簡単にはいかなくなってますしね。とにかくややこしい時代になった。

それはさておき、この人が哲学(知への愛=フィロソフォス)に向かう態度は非常に真摯でかつ緻密で参考になります。うん。試しにシステム構築プロジェクトを有名な四原因説で解釈してみよう。

四原因説ってのは、物事は四つの原因で説明できるよ、という説です。ひとつ目が形相因。物事の本質です。それが何であるか。それから質料因。それが何からできているか。次に動力因。それがどうやって動いているか。何が動かしているか。それから目的因。何のためにそれがあるのか。

私は普段から「原因と結果なんてのは妄想だ」と言ってるんですけど、アリストテレスの言う原因は「なぜかという説明」であって、単純に時系列をひっくり返してまやかしの原因を産み出す方法ではありません。

このフレームワークに従ってシステムとシステム構築プロジェクトについて考えてみましょう。頭の体操です。

【形相因】
まずは形相因。本質ってやつですな。プロジェクト一般ではなく、個別のプロジェクトについて考えます。プロジェクト一般の本質となると、PMPにあるような「限られた時間内に限られたリソースを使って目的のものを作ること」となりますが、それじゃああまりに無味乾燥。そんな定義じゃ何も出てこない。

じゃあ例えば会計システム構築プロジェクトの本質とは何か。うむ。結構難しいですね。まず本質ってのは余計な属性を省いたものですよね。ええと、まずは会計システムの本質。インプットとして金(売掛金借金動産など)の入出金情報があって、アウトプットとして企業経営の意思決定に必要な情報や、外部に提示する決算情報などを出すもの。そんなところでしょうか。

では会計システム構築プロジェクトの本質とは何か。人がまず何人も集まって、いろいろ顧客の要求を聞いたり整理して、システムを設計して、コーディングして、テストして、納品することですかね。おや?会計という言葉が出てきませんね。しかし顧客の要求は会計に関連する業務が盛りだくさんのはずです。これもなんだか無味乾燥な気がするな。まあいいや。

【質料因】
では次は質料因です。

プロジェクトがどんなものから成り立っているか。金。人間。情報(スケジュールや設計書、議事録など)。そんなところでしょうか。システムの質料因を考えればマシンもありますね。それからOSやミドルウェア、プログラム。

【動力因】
モチベーションですかね。とすればまずは金。それから顧客やエンジニアの良いものを作りたい、という気持ち。上からのプレッシャー。よい評価を受けたいとか、出世欲もあるでしょう。

システムの動く原因。難しいな。まずは電気。それからネットワーク。そしてスケジューラ、ジョブ制御ソフトウェア(TivoliとかJP1とか)。あとは入出力データの仕込みやら何やら。ユーザーさんのインプット処理も動力因ですね。

【目的因】
何のためにプロジェクトがあるか。それはシステムを作るため。なぜ会計システムがあるか。それは企業の業績を向上させるため。

とまあ、四原因説というフレームワークを使えばきめ細かく考えることができるわけですね。ここではざっと流しましたが、個別の項目をどんどん深く突き詰めることもできる。例えば電気はどうやって作られるか、とかとか。

ええと、形而上学に話を戻しますと、上巻の最初の方にこんなたとえ話が出てきます。家を建てるにあたって、個々の職人と棟梁とどちらが偉いか。その答えは棟梁が偉い。なぜなら個々の職人は自分が担当している領域については何を作ればいいかその材質は何か細かく把握しているが、全体を把握しているのは棟梁だから。

翻ってシステム構築プロジェクト。プログラマとプロジェクトマネージャーはどちらが偉いか。プログラマは自分のコードしか分からないが、プロジェクトマネージャーはすべてのコンポーネントについて把握して・・・・ますかね。はなはだ疑問だ。むしろ一番無知なのがプロジェクトマネージャーだったりしません?四原因フレームワークでプロジェクトをとらえたとき、プロジェクトの全体を理解することの難しさに気が付きます。

プロジェクトやシステムについて、いかに自分が分かっていないかをたまには反省すべきでしょうね。OSやTCP/IP一つ取ったってそんなに簡単じゃないぜ。

以上。
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