2013年3月15日金曜日

人を馬鹿にしたい人たち

「この人から馬鹿にされる理由は全く思い当たらないのに、何故だかしらないけど馬鹿にされる」というのはどうやら普遍的な経験らしい。

などと「マウントポジションを取りたがる人の話」を読んで思ったのでした。

以前に引用した記事もそうでしたが、「他人を馬鹿にする」人の通底には、「ハイレベルなセルフイメージ」と「現実の自己」とのギャップに薄々気が付き、苦しんでいる。あるいは焦りを感じている、ということがありそうです。

だって、素晴らしい容姿やら才能やらに恵まれて「あー。自分は恵まれているよな。ありがたいな」と思っている人が、他人をコキおろすってのは考えにくいですからね。

何かしら不満があるから、他人をバカにするワケ。オレはこんなに素晴らしいのに。にもかかわらず、こんなに苦しんでいるのに。そのことに気が付かないこいつはバカかと。

人を馬鹿にする人の基本的な思考回路って、そんな感じ。

そこに、人によっていろんな風味が入ってきます。

高い濃度の「自己陶酔」が入ってくる。

「器が小さい」感がブレンドされる。あるいは「時折ヒステリーを伴う」とかね。

あー。やだやだ。疲れますな。人生って。

でも、黙ってたらやられるばかりだけど、状況が変わることもあります。

理路整然と口答えしたらば、それ以降は黙ったとかね。

子供がいて仕事があるとあまり波風は立てたくないワケですが、時折はそんな反応も必要になるのかな、と。上手くやらないとトゲが立つから、慎重にやらねばなりませんけど。

思い返してみれば、わたしも若い頃はかなり人を馬鹿にしてたなあと。高校生~大学生くらいが山だったかな。

ナルシズムもあったし、自己の能力を信じる!オレは出来る!という焦燥感もあったし、でも、結果が出なくてピリピリと追い詰められていた。のほほんと生きているヤツが、バカに見えるワケ。

正直、イヤなヤツだったですよ。あのころの振る舞いを思い出して「ぎゃー!」叫ぶこともしょっちゅうっすわ。ぎゃー。

年取るに従って徐々に落ち着いてきましたね。

自己過信が減ってきた。自分の能力に幻想を持たなくなってきた。理想と現実の折り合いがついてきた。総合的な自信もついてきた。

総合的な自信って何かというと、人生観と現実生活の折り合いとでもいいますかね。オレもそれなりに頑張ってきたじゃないかと。100%満足ではないけれど、それなりに自分を肯定できる。オレ、頑張ってるぞ。それが総合的な自信。

「東大出だから、オレは偉い」「年収3千万だから、オレは偉い」こういうのって指標自体は確かに客観的だけれど、総合的な自信じゃない。むしろ、総合的に自信がないから、そんな指標にすがりつくワケ。

逆に言えば、他人を否定して何とかセルフイメージを維持している人たちって、理想と現実の折り合いも付いてないし、総合的な自信もないってことでしょうね。

こういう人たちって、高飛車なんだけど案外もろかったり、弱かったりするので、しっかり言い返すことは重要だよな。などと思うのです。

ブツブツ

2013年3月11日月曜日

やっぱり名著

岩波文庫「ブッダの真理のことば・感興のことば」。

出勤前に目に留まり、ナニゲに手に取ってパラリとめくってみました。

ホントにナニゲ。あ。そういえばこんな本があったな。ってくらいのナニゲ。

適当にページを開いていきなり目に入ったのが・・・
悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮らそう。

愚人とともに歩む人は長い道のりにわたって憂いがある。愚人とともに住むのは、
つねにつらいことである。--------- 仇敵とともに住むように。
心ある人と住むのは楽しい。--------- 親族に出会うように。
あー。そうだよ。その通りですよ。

なんで大昔の人に、今のわたしの状況が分かるかね。

などと思ったのです。最近ストレスフルだったからなあ。

というわけで本日は出勤うぃずブッダ。

悩んでいる人はほっとけ、と。

愚人といるのはつらいから、なるべくよそうよ、と。

なんだか傲慢でしょうか。

そうとは、思えないです。

足の引っ張り合いやら、しょーもないエゴとエゴとの衝突(いくらでも回避できるだろうに・・・)などを日常的に目の当たりにすると、ね。

結局のところ、悩んだり、苦しんでる人が、お互いに足を引っ張りあったり、しょうもないシノギ合いをしてるわけですよ。

だったらそういう人たちはさておいて、われわれは悩み無く、楽しく生きようと。

ま、そんなに簡単にゃ、いきませんがね。

以上でした。

2013年3月10日日曜日

匿名ブログにもメリットはあるよな


このブログを、「99%匿名(両親もしくは数少ない友人がこのブログを見て本人特定できるかどうか)」という方針で、自己慰安という喜びだけで数年書き続けてきて、それはそれで地味に満足してはいたものの、こと客観的成果という観点からすれば砂漠に砂をまいてるも同然だよな。ここに掛けるエネルギーを使って、もう少し客観的な成果を上げられないかということで「80%程度匿名」コンセプトでブログを開設・移転してみて、相変わらず読者の方々からのレスポンスはほとんど貰えないものの、ブログ含めていろんな刺激を受けて、今年から新たな副業などやってみようという新たなステージに来ることができたのは、やはり99%匿名ブログを辞めて80%匿名ブログを始めた成果ではなかろうか。と思いつつ、やっぱり80%匿名ブログだと、書きにくいようなネタもあったりするので、そんなネタはたまにこっちに書いてみようかなどと思う昨今。

では早速。

頭の悪い人ほど自己評価が高いのはなぜか

うつ病の人は自己評価が低いって話もありますし。

以前80%匿名ブログに書いたように、仕事の出来る人は自己評価が(根拠もなく)高いってこともあるし。(逆は必ずしも真ならず)

自己評価が高いのも、一概に悪いこととは言えませんな。

しかし、中には性質の悪いのもありまして。

「頭が悪い等ある種の能力が低いにく関わらず、自己評価が高い」。

それだけなら別にいいのですが。

自分でも薄々感じているその矛盾を埋めるために、人を馬鹿にし始める。


こういうハタ迷惑なのがいますな。

経験的にも能力的にも平均より優れているハズのオレの発言あるいはスキルが、経験的にも能力的にも劣ってるハズのアイツよりも、どうやら劣っていることがあるらしいが、これは妙なことだ。
しかしながら、アイツにはそれ以上に大きな欠点があり、その辺を総合してみると、やはりオレの方が優れている。だからアイツをバカにして、イジメてやらねば。


こんなイミフな思考回路で、自分より立場の弱い人間を馬鹿にする。

セルフ・イメージを維持するためだから、多少イミフにならざるを得ない。もう必死。

何とも、イタイ。

そういう人の、精神構造まで見えてしまうと、バカにされている方もちょっとイタイなーとかしんどくなってしまう。

真っ向から立ち向かうと、角が立つ。

ま、頭を伏せてやり過ごしていれば、こういう人はかなりの確率でシュリンクしていくのでしょうけどな。

人生ってのは、ホントいろいろあるよな。と思うのです。

以上。少し、スッキリ。