2009年9月17日木曜日

アメリカ医療改革2

アメリカが強くあるためには民間の自由な競争が大前提であり、従って健康保険制度を国が提供するのはアメリカのためにならない。かの地にはそう考える人がいるらしい、だとすれば大変厳しい社会であるなあ、というのが前回の要約です。今回はその続き。

しかし、個人間の自由で公平な競争を是とし、国による介入を嫌うのは一つの見識ではあります。裏を返せばアメリカは個人の力量でいくらでも上に上がれる社会であるということになりますし、それを許容する懐の深い社会ということにもなります。

実際、アメリカが実力本意の競争社会であることははたから見てもよく分かります。例えばあちらには世襲議員がほとんどいない。地盤看板カバンではなく、実力で議員になる人が多いのでしょう。実際オバマさんやらライスさんなど性別人種関係なく、優秀な人材が活躍しているのをみると、アメリカ大したものだよ、とも思える。

振り返ってわが日本はどうかといえば、何となく鬱屈とした閉塞感が消えない、家柄肩書き優先社会。人間そんなに違うもんじゃなし、誰がやっても同じだろう、ならば肩書き血筋がいいのを立てて置けばまず安心じゃないか。政治家を見ればウン代目のおぼっちゃまおじょうちゃまばかり。芸能界しかり。いわんや伝統芸能の世界をおいてをや。実力なぞどこへ行ったやら。見栄えと血統が良くて、変なことしなきゃ何だっていんだよ。あとは優秀な官僚たちが上手くやってくれる。日本の政治がパッとしないのもむべなるかな。

それでも日本がそこそこ上手くやれるのは、多分二つの理由があると思われます。一つ目が、実際のところ際立って優秀な人がいたとしても、その人一人だけだけでは大したことはできないという事実。その人を支持する人がどれだけ優秀か、そんな優秀な人材をどれだけ集められるか。人の成功はそこにかかっている。日本の官僚は世界一有能だと褒めたのは確かドラッカー(?うろ覚え)。そんな時代もあったのね。

後は草の根の日本人が真面目で器用で優秀だから。だから上がダメでも結構イケてしまう。

でも最近はその仕組みが機能しなくなってきてる。またそれが身分と格差の固定化を産み、日本が停滞する一因になってる。

じゃあ、いっちょ日本も自由経済の実力主義で若手に頑張ってもらおうかとしたのが小泉竹中。でもホリエモンやら昨今のアメリカを見ていると、私は実力主義は日本にはそぐわないんじゃないかと思うばかりです。だいたい人を実力で評価する土壌がないんじゃないかしらん。

若い人ならば、オレもホリエモンに負けないぜ、レッツ競争社会!と思うかもしれません。でもオジサンには若い人たちがひたすら搾取されそうな気がしてならない。まあこの辺りは好みの問題かもしれませんがね。やっぱり私は一部のお金持ちがめちゃくちゃ稼ぐ一方で貧困に慣れさせられる子供たちがいるってのはおかしいと思うな。キレイごとかもしれないけれど。

無理矢理結論に持って行きますが、要するに競争と助け合いって両立すると思うのですよ。公平な競争と、富の配分は矛盾しない。それを対立させているのは実は何か余計なイデオロギーだという気がしてならない。アメリカの医療革命騒動をみて、そんなことを考えました。
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