2009年10月31日土曜日

カッコーの巣の上で見た

もう衝撃的でしたね。凄いの一言。この映画、私の生涯を通してのベスト10に入ってくることは間違いない。子供が寝てから見たのですが、見終わった後、一時間くらい立ち直れませんでした。しばらく眠れなかった。

以下ネタバレ含みます。

精神病院に入れられたマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)が、患者たちと親交を深めつつ、病院側が振るう権力と戦いつつ、脱走を試みるものの、最後には破滅してしまうというストーリー。マクマーフィと仲の良かったチーフが最後に自由を手に入れるというのが唯一のカタルシスです。最後の40分は、まさに天国から地獄へ。息もつかせぬ展開で衝撃のラストシーンが待っています。

最初の一時間半。何だかステレオタイプな人物の描き方。確かに魅せるけど、何となく見えすいた展開。ジャック・ニコルソンの演技は凄いけど、まあ、こんなものかな、という感じで見てました。ゴメンなさい。謝ります。ラストがとんでもないことなってました。ビビりました。見終わったあと思わず10分ほど家の中を歩き回ってしまいました。

ええと、これから見る人は、パッケージに印刷してあるあらすじや作品紹介を忘れてください。マクマーフィが精神病を装っているとか、病院の理不尽な権力がどうとか、そんな情報は全くのムダ。いや、ムダどころか邪魔。とにかく、まずはそのまま映画の世界を受け入れてみてください。病院側も別にそんな酷いことはしてないし(一部は別として)、婦長さんも厳しいけど、まあどこにでもいるタイプだし、ジャック・ニコルソンの演技はぶっ飛んでるしで、パッケージを見て、ははあ。悪いのが病院で、ジャック・ニコルソンはいいやつなんだな。などと思ってしまうとわけがわからなくなります。

この映画いろいろな解釈ができますが、とりあえず私は現代の管理社会に息苦しく生きる人間を描いた、ブラックな風刺映画だと見ます。人によってはこのような解釈を興醒めに思うかもしれませんが、まあさしあたりそんな感じで進めます。

ではまず主人公であるマクマーフィについて。かなり捉えどころのないキャラです。レンタルDVDのパッケージには精神病を装って入院したとありましたが、いやいやこの人の振る舞いはかなりオカシイです。どうやら凄く頭は良さそうだ。まともな受け答えもできる。でも裏に強い攻撃性がある。時々ギョッとするような発言や反応がある。この人が社会でやって行けるか。わからない。大丈夫かもしれない。でもダメかもしれない。Wikipediaの「カッコーの巣の上で」を見ると、精神科のお医者さんが「マクマーフィにはなんたら症となんとかかんとかの徴候が見て取れる」なんて書いてある。要するにわからないんですよ。この人がまともなのかどうか。ということは?専門家先生が決めつけたら、そういうことになってしまう。まともか病気か、危ういグレーゾーンにいる。それがマクマーフィです。つまり、診る人によって病気かどうかが変わるのです。人間の恣意的な判断が介在しうる。これって恐ろしいことだと思いませんか。ウマが合う先生だったらまともだと診断され解放されるし、その逆だと精神病と診断されて監禁される。そんな危うい位置にいる人物です。

それから精神病院にいる患者のみなさん。これはまさに現代社会に暮らすわれわれそのものです。規則にがんじがらめにされ、刑罰に怯えながら日々を過ごす。狭い世界に閉じ込められていながら、全くそのことを疑問に思わない。すっかり不自由な生活に安住している。その気になれば自由になれるのに、動こうとしない。あるいは逆に決して自由にはなれないのに、それを認めようとしない。無気力。あるいは何かに苛立ってるんだけど、その何かがわからない。彼らは確かに病人かもしれない。でも描かれ方を見る限りは一風変わったただの弱い人間に見える。われわれ一般人を彼らに投影するのは難しくない。

マクマーフィは、精神病院で伸び伸びと型破りに振る舞い、患者たちとも分け隔てなく付き合い、皆の人気者になります。患者だからといってバカにすることなどありません。この辺り、かなり感じがいい。マクマーフィの好感度アップです。臆病な患者のみなさんをひっばる型破りなリーダーとして、マクマーフィが魅力的に描かれている。

一方、病院側は杓子定規で融通がきかず冷酷な存在として描かれます。それがまたマクマーフィの存在を際立たせます。私は映画の中盤あたりで、ははーん。マクマーフィがヒーローになって何か感動的なラストになるのだな、という予想をしてしまいました。何度も書いてますが、これが誤り。

中盤からラストにかけての展開は圧倒的です。まだ見ていない人のためにあまり詳細には書きません。とにかく圧倒的なマクマーフィの敗北。しかし、どこか彼自身それを望んでいたようにすら思える。それは、彼が一人で脱走するには余りにも患者たちにコミットしていたからか。むしろ患者たちと共に残って戦おうと思ったからか。映画にはその説明はありません。

ラスト。

「正常な」人たちによる規則の適用。それが結果的に圧倒的に非人間的な暴力の発動となります。患者たちの人間的な行動と比較して分かるのは「正常な」組織や規則が人間を破壊しうる、というこの逆説。「正常な」人間によってふるわれた暴力をあがなうのは、やはり暴力しかなかったのか。

うむむ。とにかく、本当に凄い映画でした。昨日から余韻が消えません。

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