2008年10月23日木曜日

格差について(3)

前回「格差を作っているのは実はわれわれかもしれない」という終わり方をしたのですが、どうも気になってしばらく考えてしましました。

確かにわれわれには成功者になりたい、という欲望がある。そして誰かが社会で成功すれば、一方で敗者が生まれます。もちろん共存共栄の場合もあるでしょう。しかしながら、むしろ誰かが多く取れば誰かの取り分が無くなるというゼロサムゲームであるというのが現実でしょう。

つまりわれわれ一人一人が成功しようと努力したり、その成功の結果を享受しようとすれば、必然的に格差が生まれるわけです。人が努力し才能を生かすことは明らかに正しいことだと思います。従って格差自体は悪ではない。

しかし、格差は悪ではないとしても、法外な報酬を取っておきながら社員を大量にレイオフするなんてことは倫理的に許されるはずがない。

ではどうすればいいか。われわれが格差を作り出しているとすれば、たとえ効果は少なくとも格差を生まない行動を選択し続ければよい。例えばビル・ゲイツが気に入らないならLinuxを使うとか。ウォルマートでは買い物をしないとか。

ところがこの考え方には限界があります。日雇いや派遣社員と正社員との格差がそうです。この場合、いくら格差が気に入らないといっても希望すれば派遣社員から正社員になれるわけではありません。派遣を辞めれば収入が途絶える。正社員の口はない。いくら間違っていると思っても、動けないのです。もはや派遣ビジネスというシステムに組み込まれてしまっている。自分の力ではどうしようもない、そんなところまで追い詰められている人も少なくないのではないでしょうか。

恐らく共産主義が理想的に機能すれば経済的な格差はなくなるでしょう。ですがソビエトや中国の例を見れば話はそう簡単ではないことは誰にでも分かると思います。ソビエト連邦や東ドイツが崩壊した時「今こそマルクスを見直そう」と(極めて狭い範囲で)批評家や哲学者が言いましたが、もはやマルクシズにリアリティを感じる人は誰もいないと思います。

どうすればいいのか。今のところ私にも答えはありません。

(以上)
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